公益財団法人 大原記念労働科学研究所
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大原記念労働科学研究所
The Ohara Memorial Institute for
Science of Labour

生成AIの急成長と労働科学

AIの急成長

 このところ生成AIの能力向上と経済社会への普及が驚異的なスピードで進展している。ちょっと前までは世の中をあげてDXと言われ、デジタルによる事業変革が提唱され、DXの遅れが指摘されていたのだが、「DXはもう古い」、「これからはAIだ」(冨山和彦著・松尾豊監修『日本経済AI成長戦略』)という説まで現れてきている。

 我が国のAI研究の第一人者である西垣通氏は最新著『AI人類学』で、「やがてAIは意識や人格を持ち、人間をしのぐ知的存在になるか?」については明確に「ノー」とし、「日本はなぜデジタル化で立ち遅れたのか?」については信頼性が高く誤りのない安全なハード/ソフトを大事に使いたい「国民性」がオープンなデジタル化であるDXには保守的であり普及には時間がかかるとしている。「AIによって人間は幸せになるのか?」についてはポジティブな答えはなかなか出てこないとしつつも、情報学の新たな展開に期待を寄せている。

 AIのあまりにも急激な進展に対してこのところ規制論も出始めており、AIの今後については不確実な面もあるが、企業活動はじめ経済社会のあらゆる側面でAIの利活用が今後さらに進んでいく蓋然性が高いように思われる。

労働科学研究の現状

 労働科学研究は主として企業等からの委託研究によって進められてきている。この委託研究が近年従来に比べて大きく落ち込んでいる。出版を除く事業収益で見ると、2022年度1億2858万円、2023年度1億1044万円、2024年度6870万円、2025年度6325万円となっており、本年度に入ってもさらに減少が続いている。なぜこのような急激な落ち込みが生じているのだろうか?

 委託研究には大きく分けて4つのタイプがある。第一は研究開発型であり、委託先の要望に応じ、現場調査やデータ分析を行い問題の解決策を提案するもの。委託金額も多く、研究者にとって負荷は大きいがやりがいもあり、これまでの労働科学研究の王道にあたる。第二はフォーミュラ準拠型であり、安全文化評価やREALなど労研が開発した手法に基づき委託先の要望に応えるもの。第三はコンサルティング型であり、労研に蓄積された知見を用いて委託先の様々な要望に応じるもの。第四は教育・研修型であり、研究員が授業や研修の講師を務めるもの。これらのタイプ別にみると、近年主として落ち込んでいるのは研究開発型であり、その他のタイプについてはさほど大きな変化は見られない。

 委託研究の落ち込みには委託側(企業等)、受託側(すなわち労研サイド)の両面の要因が考えられる。本稿では委託側について着目することにするが、落ち込みが生じている時期の大きな企業側の変化として考えられるのが生成AIの能力向上と企業への急激な普及である。企業側からすると、厳しい予算統制のもとで、大きなお金をかけて労研に委託研究を発注するよりはまずはAIによって問題解決に向けた努力を行うという選択があっても不思議ではない。そしてこのような傾向は近年のAIの隆盛に伴いしばらく続くと考えられる。

 もとよりこれは一つの仮説であり、委託研究の落ち込みには様々な要因が複合的に絡み合っており、AIと委託研究の落ち込みを直ちに結びつけることについて反論の余地がある。しかし、この仮説が正しいとしても研究開発型の研究の将来が暗いのかというと必ずしもそうとは言えない。

労働科学研究の今後

 日本経済の「失われた30年」で失われたものの一つに研究開発投資を含む投資がある。日本経済の成長を実現するカギとして注目されてきたのが民間投資であったが、残念ながら30年以上にわたって民間投資の盛り上がりは見られなかった。しかし、このところ官民投資の重要性が改めて提唱され、17の戦略分野の投資プログラムが政府によって発表されている。この背景には近年における産業政策に対する思潮の変化がある。長らく産業政策に対しては、民間の事業に官が介入する不合理性・不効率性が指摘されてきた。しかし、近年世界的に戦略分野に対する官の介入の合理性が認識され、我が国でも官主導の投資が実現する期待が高まってきた。今後しばらくの間は官主導での研究開発を含む投資が有望であり、様々な分野で研究開発投資を含む投資が行われるであろう。様々な分野の投資には何らかの形で労働科学につながる側面が含まれているはずである。

 労研の委託研究はこれまで民間企業を相手とすることが多かった。しかし、歴史的にみると労働科学研究は民間部門からのみならず、国・地方公共団体からの要請によるものも決して少なくない。官からの委託研究には手続きの煩雑性や必要となる書類の多さなど乗り越えなければならない課題も多いが、労働科学研究の維持・発展のためには避けて通れない道のように考えられる。(了)

(2026年10月 理事長 浜野潤)