人々が健康で安心して働ける労働環境を目指して97年…

労働の科学 74巻1号 安全・健康な働き方をつくるエルゴノミクス

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書誌情報

  • 定価: 1,200円
  • 体裁: B5判

目次

  1. 巻頭言 俯瞰
    働き方・働く環境と人間工学  [日本大学理工学部]青木 和夫
  2. 特集
    安全・健康な働き方をつくるエルゴノミクス
    1. 産学連携における開発型人間工学の成果 [千葉大学大学院 工学研究院]志村 恵
    2. 健康を考えた働き方をサポートするオフィス環境 [株式会社オカムラ]浅田 晴之
    3. トラックにおける安全な荷役作業と人間工学 [(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所] 大西 明宏
    4. 精密板金工場の作業改善が従業員の健康・行動にもたらす効果 [株式会社 カネト製作所] 平塚 毅
    5. 眼科医師をサポートする人間工学の知 [東北大学大学院,産業医科大学,早稲田大学] 小山 秀紀,渡部 晃久,戸上 英憲,野呂 影勇
    6. 安全・健康な職場づくりと人間工学チェックポイントの活用 [大原記念労働科学研究所] 松田 文子,池上 徹
    7. 大原記念労働科学研究所が国際人間工学連合(IEA)賞を受賞 [大原記念労働科学研究所] 松田 文子
  3. Graphic
    1. ディーセント・ワークを目指す職場 1[見る・活動](96)
       高松市朝日新町学校給食センター
  4. Series
    1. 労働を科学する(14)就労後定期健康診断にて発見された肺分画症から見える外国人労働者を取り巻く現状 森松 嘉孝,高城 暁,石竹 達也
    2. 産業保健の仕事に携わって(6)医療従事者・PCB曝露・筋骨格系負荷・小規模事業所 熊谷 信二
    3. 凡夫の安全衛生記(25)「同じ立場の共感」安全衛生交流のしかけ 福成 雄三
    4. にっぽん仕事唄考(64)炭鉱仕事が生んだ唄たち(その64)‐「炭鉱は明るい」から「炭鉱は暗い」へ‐ 前田 和男
  5. Column
    1. 日本産業看護学会 第7回学術集会
      高齢労働者への健康支援のあり方をとおして産業看護の可能性を考え 畑中 純子
    2. 第13回 労研・産業安全保健エキスパートネットワークの会
      学ぶことの多い異業種の楽しい交流 山本 保則
    3. Talk to Talk
      歳重ねて 肝付 邦憲
    4. Information & News
    5. 勞働科學のページ
    6. 次号予定・編集雑記

巻頭言 俯瞰
働き方・働く環境と人間工学 青木 和夫

先日、とあるダンスカンパニーの舞台を観に行った。いきいきと楽しそうに踊っている彼らの姿を見ながら、そう言えば、芸能の世界も個人事業主が多いんだったなと思っていた。ドラフト会議や日本シリーズで賑わっていたプロ野球もまた、同様に個人事業主の専門職集団である。

私自身は、起業して3年足らずのまだまだ初心者マークの個人事業主であり、非常勤の仕事も掛け持つダブルワーカーでもある。「労働基準法の36協定では、時間外労働は原則月45時間、年360時間まで」と聞いても、自営業となると正直顧客次第で仕事の期限が重なることもあり、なかなかその枠では納まらない。ただ、ストレスチェック風に言えば、多少仕事量が多めであっても仕事の裁量度は90%以上と思っているし、健康度的にはまずまず悪くないとは自負している。

自営業への産業保健支援を考える上で、これまで出会ってきた自営業者への特定保健指導の場面を思い浮かべてみた。建設業や農業、サービス業など業種は多岐にわたる。誰も必ずどこかの健康保険に加入するので、特定保健指導も産業保健支援の一つの手段には違いない。ひとりひとりが仕事の内容も、仕事をしている時間帯も違うけれど、保健指導の中で必ず共通して押さえるのは、基本的な生活習慣「食事・運動・休養」である。そこを踏まえた上で、それぞれの生活リズムや飲食を含む人付き合いや経済的事情にも配慮していく。家族構成やライフサイクルのステージや、時には自分の健康どころでないさまざまな事業上・個人的事情にも耳を傾けて、今その方にできる最善の健康管理方法を一緒に見つけていく。特定保健指導が始まると、多くの保健指導者はすぐに気づいた。「40歳以上の現在の対象者ばかりを追っていても、次々と新しい対象者が増えてくるばかり。もっと若い世代へのアプローチを重視して『予防』に取り組まないとだめだ。」

全国の自営業者数は約560万人、家族従業者を含めると約680万人にのぼる(2017年総務省調査)。これらの人々の安全と健康に向けての取り組みはさまざまに行われていると思うが、膨大な対象者をサービス提供側からの一方向だけではとてもカバーしきれるものではない。それぞれの業種の特性に関わる産業保健サービスの充実もさることながら、少なくとも「食事・運動・休養」に関しては、自営業者になる以前から当事者自身でも好ましい生活習慣を身に付けていてほしいと思う。

人々の健康は、出生前の胎児期に始まり、乳幼児期から老年期に至るまでライフサイクルで繋がっている。乳幼児保健、学校保健からの産業保健へ切れ目のない健康管理の仕組みづくり、例えば健診主体や健康保険が変わっても健診結果を引き継げる仕組みの必要性は以前から言われている。健康管理は自営業になってから始まるものではなく、子ども時代からさまざまな健康や安全教育に接する機会をつくることが、生涯にわたる健康づくりのための「種まき」だと思っている。

私が関わっている児童福祉施設の入所児童の中には、中卒で社会に巣立っていく子どもも多い。中には「大工や左官でいずれ一人親方になりたい」と希望する子どももいて、彼らもまた未来の自営業者の卵である。基本的な生活習慣を身につける過程の中で日々を生き抜けていく力をつけることが最優先の彼らにも、きめ細かい産業保健のサービスが届くことを願っている。

働き方改革が政府の政策として推進されてきているが,その主要な関心は労働時間の短縮である。日本人は働き過ぎだと言われ,過労死がそのまま英語になってしまうような状態は確かに異常であると思わなくてはならない。休みなしに長時間働き続けることは,本人の健康に大きな影響を与えることはもちろんであるが,家族や友人関係にも悪影響を及ぼすことは明らかである。 人間工学では働く人の安全と健康を守りながら,効率的に仕事を行う方法について研究を行い,その成果をもとに働く場での実践活動を行ってきた。具体的には人体のサイズや動き,認知や行動の特性,疲労などの人間の特性について研究し,人間にとって安全で使いやすい道具や機器類の開発や,疲労の少ない働き方や環境について提案がなされてきた。このような研究の成果の一部は実践されてきたが,まだまだ充分に生かされていないことがあるように思われる。 その大きな理由の一つとして,働く人を大切にし,能力を高めることによって企業や組織がよい成果をあげられるということが十分に理解されていないということが考えられる。この点に関して,人間を大切にすることによってよりよい組織が作られるという考えが国際的な動きとして表れてきている。国際標準化機構(ISO)の人間工学分野(TC159)で最近発行されたISO 27500:2016 The human-centred organization – Rationale and general principles(人間中心の組織︱理論的根拠と一般原則)である。この規格には,組織を人間中心にすることによって事業の利益があがることと,逆に人間中心でない場合にはリスクが生じることが述べられている。具体的には企業等の組織が守るべき7つの原則が挙げられており,その中に「健康,安全,福利(well-being)を優先的に配慮する」ことと,「働く人を尊重し,よりよい作業環境をつくる」ことが項目として挙げられている。働く人を大切にすることが組織の利益になるということが世界的な流れとして表れてきていると思われる。 近年ではさらに積極的な健康づくりを取り込んだ作業環境が要求されるようになってきた。オフィス作業はほぼ1日中座って行われるために運動不足になり,メタボリックシンドロームの原因の一つとなっていることから,立って作業をすることも必要であるという考えが普及してきた。従来は負担が少ないということから座って作業をすることが推奨されてきたが,作業面の高さを変えて立ったり座ったりしながら作業を行うことによって,メタボリックシンドロームを予防するとともに,同じ姿勢を続けているために生じる腰痛の予防にもなると考えらえている。 また,近年のICTの普及,特にモバイル端末の普及によって,オフィス内では自分の机というものがなくなって,自分の好みの場所で作業ができるようになり,多様な場所での多様な働き方が可能になった。さらに,オフィス内だけでなく,自宅や外出先など,様々な場所で働くことが可能になってきた。この場合の作業場所の環境の選択や,労働時間の管理は働く人が自分で行わなければならない。つまり作業や作業環境の自己管理が必要になってくるのであるが,このような新しい働き方に関するアドバイスを組織のみでなく個人も対象に行えるようにすることが必要である。時代の要求に対応して働き方や働く環境を整えることによって健康を守ってゆくことが人間工学にとって重要な課題であると考える。

青木 和夫(あおき かずお)
日本大学理工学部 特任教授
一般社団法人日本人間工学会 前理事長

今号以前の労働の科学

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