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過労死研究の先駆けと雑誌「労働科学」 ― 虫・鳥・労働科学の目

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新聞で上畑鉄之丞さんの訃報を知った時は、さすがにショックでした。上畑さんは一世代上でしたが、まだ70歳代の若さです。 上畑さんとは、若い頃、日本産業衛生学会の活動で顔をあわせるようになってから、かれこれ40年くらいが経過します。現場に立脚した上畑さんの慧眼や新規性のある研究に学ぶところはたくさんありました。

上畑さんといえば、「過労死」研究の先駆者としてよく知られています。しかし、開拓者の苦労は尽きなかったようです。「筆者が過労死という言葉を、公式には日本で初めて使ったのは、1978年に長野県松本市で開催された第51回日本産業衛生学会だった」と自著(過労死サバイバル)の中で述べています。「報告に対する学会の反応は、残念ながらあまり大きなものとはいえなかった。なかには「妙な珍説」を言い出したものだと冷笑する人さえいた。」

こうもいっています。「過労死事例が52例になった1982年には、「脳・心血管発作の職業的誘因に関する知見」1)という論文を発表した。最初に投稿した学会専門誌は、「学会は、事例だけを集めた論文を掲載する規定がない」と、ずいぶん奇妙な理由で掲載を断られた(中略)。いくら再投稿しても梨の礫だったので、結局、別の専門誌に投稿してようやく掲載になったことを今でも鮮明に覚えている。」と述懐しています。この「別の専門誌」が、労働科学研究所が発行している「労働科学」誌でした。「労働科学」誌は「過労死」に関する最初の科学論文を掲載したのです(58巻6号、1982年)。

一昨日(3月1日)、平成27−29年度過労死等調査研究センター主催の「研究成果発表シンポジウム」に参加してきました。今、過労死等防止対策の確立へ向けた科学的研究は緊急かつ最重要な事柄です。大原労研も本研究プロジェクト発足時から参加し、当日は、「運輸業事案解析に関する報告」と「次期過労死等調査研究の課題と目標」につき報告をし、討議に加わってきました。熱い議論の中、ひょっと、上畑さんのことを思い出しました。

(2018年3月 所長 酒井一博)

1) 上畑 鉄之丞. 脳・心血管発作の職業的誘因に関する知見. 労働科学 1982; 58(6):277-293(労研デジタルアーカイブ掲載)