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認知症に取り組む労働科学の手掛かりを求めて ― 虫・鳥・労働科学の目

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わが国では、今後とも労働力人口が急速に減少して行くなかで、高齢者や障がい者等への就労支援は国として解決すべき重要課題となっている。実際、生涯現役社会や共に生活できる共生社会の実現に向け、高齢者の雇用安定とともに、障がい者雇用を事業主に義務づけている「障害者の法定雇用率」の引き上げ等、年齢や障がいの有無に係わりなく働くための国の施策が進められている。厚生労働省の平成29年「高年齢者の雇用状況」集計によっても、65歳まで雇用する高齢者雇用確保措置を実施している企業は99.7%であり、70歳以上まで働ける企業も22.6%と増えている。働く意欲を持ちながら就業機会のない高齢者もおられるなかで、定年後も継続雇用されて働いている高齢者は多い。また、高齢者の就労や社会参加と健康維持等の関連を分析した結果によれば、高齢者の積極的な就労が生活機能や健康確保に優位に有効であり医療費削減となることを示す多くの研究がある(渡部月子. 高齢者の就労、介護状況と地域における保健師活動. 労働の科学 ; 2018; 73(1) : 30-34)。

一方、少子高齢化社会の半面ではあろうが、わが国では認知症(Dementia)の方々が約500万人おり、2025年には認知症患者数は約700万人になると見込まれている。また認知症に進展する可能性がある軽度認知障害(MCI, Mild Cognitive Impairment)の方々が400万人いるという推計がある。認知症に対する社会の理解は、認知症やMCIとその介護に係る人々が増えるとともに、未だ十分とは言えないものの、このところ大きく変わってきているように思われる。
認知症に対する社会の考え方が変わる契機となった一つは、2004年10月に国際アルツハイマー病協会第20回国際会議(20th ADI 2004)が国立京都国際会館を会場に開催され、研究者等による学術的成果とともに、介護家族や痴呆症患者本人から自らの体験や思いが言葉で伝えられたことであろう。この国際会議では、ケアの将来戦略や人権がテーマに掲げられたことも特記すべきことである。

また、認知症の捉え方に係る行政上の画期的なこととして、2004年12月には厚生労働省の「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」が、「痴呆」の呼び名を「認知症」に改めたことが挙げられる。成人に起こる持続的な認知(知能)障害により記憶や判断機能等が減退して日常生活へ支障をきたす状態を、それまでの「痴呆」から新たな用語である「認知症」とするのが最も適当であると提唱したものである。これらの用語は、いずれにしても語源のラテン語では「demens」であり、英語では「Dementia」である。厚生労働省では、翌2005年度を「認知症を知る1年」として効果的な広報や情報提供をキャンペーンとして行い、用語を替えて偏見や誤解をなくすとともに診断や予防・治療法等の認知症対策の推進を施策として行った。重要なことは、認知症の方々の人格や生活を尊重し、尊厳を保持する姿勢をケアの基本としたことである。現在は、認知症領域の臨床試験も国内外で活発に行われており、また症状の早期発見や早期介入により、一定期間、進行の抑制や症状の改善がみられる可能性があることも明らかになっている。これらの諸活動により、「認知症」という用語は単なる行政上の呼称変更にとどまらず、医学的にも社会的にも広く使われており、認知症が正しく理解されるようになってきている。

認知症の予備軍ともいえる前段階のMCIでは、年間10~15%が認知症に移行するとされている。糖尿病をはじめとする生活習慣病や睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害が認知機能低下のリスク要因でありMCIを誘発する引き金になっていることが最新の研究で明らかになってきているが、未だ周知のレベルにはなく、今後の広域な周知活動が必須と考えられている。記憶障害はあるが認知機能や日常生活能力は保たれているMCIの段階で早期発見ができれば、適度な運動や睡眠をとり生活習慣を変える等により認知症への移行を遅らせることが可能なケースもある。そこで、公益財団法人大原記念労働科学研究所では、健常者を対象とした簡易認知機能検査として広く国内外で利用されている「あたまの健康チェック®」受検を維持会員とその家族へ向けてサービス価格で提供することを新たな事業とした。この簡易認知機能検査は、株式会社ミレニアと連携して行うものであり、米国食品医薬品局や我が国の国立精神・神経医療研究センター等で認知症予防のための治験や臨床研究で実績があるものである。

これらの諸活動が、労働科学の視点に基づいた認知症予防や就労継続さらには認知症介護と仕事の両立支援に役立つことを期待している。

(2018年 1月 斉藤 進 事業部長、理事)