財団法人労働科学研究所ホームページ研究部吉川 徹>傷害予防
更新: 2008年9月6日
傷害(インジャリ)予防のページ

産業保健で取り組むインジャリ予防(傷害予防)

財団法人労働科学研究所 研究部 吉川 徹

産業保健・公衆衛生課題としてのインジャリ予防

アクシンデントとインジャリ

ハザードコントロール理論とハドン・マトリックス

関連研究(Yoshikawa T, 吉川)

 

産業保健・公衆衛生課題としてのインジャリ予防(傷害予防、事故予防) 

「事故」はヒトに多大な健康被害をもたらす重要な健康問題です。交通「事故」や医療「事故」、子供の「事故」、転落「事故」や針刺し「事故」な ど、「事故」という言葉は様々な形容詞を伴っていろいろな場面で使われています。これらの重篤な事故予防のために日本では様々な対策が行なわれていますが、その背景には「事故」がヒトの健康被害を生じる原因のひとつであるという暗黙の了解があるように思います。人へ健康被害を防止するために、それらの事故の予防に取り組んでいる保健医療職(公衆衛生専門家)の数は今はそれほど多くありません。特に、労働安全衛生分野においては、「事故」は安全の専門家が取り扱うもので、保健医療専門職が関わる場面は少ないと考えられることが多いようです。しかし、事故は重篤な健康障害を発生させる機会であり、そこでは疫学的な手法等を用いて、対策志向の予防策を提案していくことが可能です。

アクシンデントとインジャリ

一般に事故のことはアクシデント(accident)と呼ばれています。。この言葉には「避けることができないもの」という意味が含まれているため、最近、保健医療職で事故対策に取り組んでいる人たちはインジャリ(injury、傷害、損傷)という言葉を使うようになってきています(注1)。日本では「子供の事故」の予防に取り組むグループがこの「インジャリ予防」という言葉を使いながら積極的に取り組んでいます。欧米ではこの「インジャリ予防」は,重要な公衆衛生の研究課題として取り上げられていて、活発に研究活動や予防活動が展開されています。そこでは「病気」と同じように「事故」が健康問題として認識され、子供 の事故予防や交通事故による健康被害の防止の取り組まれているのです。産業保健にこのインジャリ予防の視点をもっと応用してゆくことが必要です。

(注1)「Injury Prevention = 傷害予防」のアプローチに関連したウエブページ
参照WHO:Department of Injuries and Violence Prevention、子どもの事故予防情報センター職業感染制御研究会, IPRCインジャリー予防研究センター(ノース・カロライナ大学),

ハザードコントロール理論とハドン・マトリックス

Haddon WJは、1980年の論文「Advances in the Epidemiology of Injuries as a Basis for Public Policy(公共政策の基礎としての傷害疫学における進歩)」のなかで、事故(傷害)の予防戦略に関する2つの重要な考え方をまとめています。この論文は,それまでのHaddon WJの事故疫学研究のまとめといえるものです。一つ目は傷害の発生要因(Factor)を横軸、傷害の発生段階(フェーズ)を縦軸にとった表(ハドン・マトリックス)を用いて、傷害の予防視点を整理する手法です。 二つ目は「エネルギー放出理論」に基づいた「傷害予防(Injury Prevention)のための10の戦略」の提案です。この2つの理論(傷害予防の考え方、アプローチ手法)は、その後の米国の公衆衛生政策に大きな影響を与えました。これらの傷害予防のためのアプローチ手法(分析方法と対策への)を用いて、多くの傷害予防対策が検討され増した。たとえば、自動車の テールランプの設置義務やエアバックの標準装備、幼児のおもちゃの大きさに関するガイドライン、野球でのバッターのヘルメット着用の義務付け等、科学的な研究結果は米国における公衆衛生政策に反映されています。

ハドン・マトリックス

ハドン・マトリックス

ハドン・マトリックス(The Haddon Phase-Factor Matrix):横軸がFactors,縦軸がPhases

Human Agent Environment
Pre-Event
Event
Post-Event

傷害予防(Injury Prevention)のための10の戦略(翻訳,吉川)*

1.最初の段階でハザードの生成を防ぐ
プルトニウム,サリドマイド,LSDの生産を防ぐ
2.ハザードに含まれるエネルギーの量を減らす
車の速度を落とす,ペンキに含まれる鉛の量を減らす,アスベストの採掘量を減らす
3.すでに存在しているハザードの放出を防ぐ
牛乳を低温殺菌する,炭鉱の坑道の支え木を強化したりボルトを締める,放射性廃棄物を囲う
4.ハザードが放出される割合や放出される空間的な分布を修正する
ブレーキ,バルブを閉める,反応制御棒(原子炉)
(例えば,一回分の服用量の単位で生産された薬は,子供が中毒を起こす可能性を少なくする)
5.保護されるべきハザードを時間的・空間的に隔てる
伝染性疾患を持つ患者を隔離する,ハザードの周りやそれを越えるように作られた歩行通路,避難
(例えば,有毒物質を格納する安全な場所)
6.物理的な障壁の挿入によってハザードを隔離する
外科医の手術用手袋,原子炉の安全防壁,子供が操作できないようになっている有害物保存容器のふた
7.ハザードに関係するその基礎的な特性を変える
副作用を減らした薬物に交換する,壊れやすいように作られた道路支柱,ベビーベッドの囲いに用いられている柵と柵の間隔を,赤ちゃんが首を挟まないような間隔に狭める.
8.ハザードによる損傷・損害に対する抵抗を強める
ワクチン接種による免疫獲得する,建築物を耐火・耐震設計されたものにする,暑熱労働環境に従事する労働者に塩を与える
9.環境的ハザードによって,すでにすでに生じた損害に対抗する
難破しかけた船を救出する,折れた足を固定する,迷った坑夫を救出する.
10.損傷を受けた対象物を,修復する,回復させ,安定させる
外傷後の形成外科的修復,身体リハビリテーション,家事や地震のあと再建築する
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
補足コメント:2つの重要な点がある.1つ目は,提案した分析は,あくまでひとつの手助けである.実際のコントロールプログラムにおいて,コントロールに利用でき る方法のための,認識や判断,考察の手助けとなるものである.決まったやり方へ指南するものではない.この分析は,それ自体が手段(対策),たとえば,労 働現場での怪我を減少させるかどうか,などの選択に用いられることを意図していない.むしろ,対策が実行されるかもしれない多様な手段の特定や考案,選択 するための補助ツールである.2つ目は,この分析はそれ自体が原因を特定することにその主眼を置いていない.原因に関する知識がたくさんあるにもかかわら ず,である.むしろ,望ましくない有病数や離患数を減らすことのできる,実行可能な手段に主眼が置かれている.そしてそれは,実にまったく異なる事柄とし て存在する.実際,この焦点のあて方と志向によって,疾病や障害の原因に関する網羅的な知識がなくても,望ましくない結末を減らすことができる.たとえば,1) 微生物の詳しい知識がなくても,殺菌と浄水は,牛乳や飲料水が原因で生じる病気を防ぐことができる,2)火災の可能性をもつ化学プラントの近くの住民を疎 開(避難)させることは,(住民が)どのような化学物質が使用されているか特別な情報がないとしても,有毒物質から彼らを守ることができる,3)しっかり と保護されているワイヤーや機械に人々がどうして接触してしまうのかその理由に関する知識をことこまかに述べることができなくても,ガードや電気の絶縁体 の使用によって,事故を予防できる.
 
 
 
 
*オリジナル論文:W Haddon, Jr. Advances in the epidemiology of injuries as a basis for public policy. Public Health Rep. 1980 Sep?Oct; 95(5): 411-421.
Abstract: Successful injury control measures (stoplights, sprinkler systems, electrical insulation, evacuation) have long been commonplace. However, progress in injury control has been hampered by the failure to recognize that injuries cannot occur without the action of specific agents analogous to those of the infectious diseases and likewise transmitted by vehicles and vectors. These agents are the several forms of injury. Varying and interacting with the characteristics of the host and the environment, they constitute the classic epidemiologic triads that determine injury distributions, none of which are random. The injury-disease dichotomy, a universal in most of the world's major languages, may have resulted from the fact that at least some of the causes of injuries (for example, wild animals or falling trees) are more identifiable and proximate than the causes of diseases. The etiology of injuries suggests that for epidemiologic and public health purposes, the term injury should probably be defined so as to encompass those kinds of damage to the body that are produced by energy exchanges and that are manifested within 48 hours, or usually within considerably shorter periods. Strategies for injury control can be extended to the control of other pathological conditions. The active-passive distinction (the dimension expressing the extent to which control measures require people to do something) has a direct bearing on the success of public health programs, because passive approaches have historically had a far better record of success than active ones. Ten basic strategies have been identified that provide options for reducing the damage to people (and property) caused by all kinds of environmental hazards.

関連研究(Yoshikawa T, 吉川)

針刺し切創

  1. Yoshikawa T, Kidouchi K, Kimura S, Okubo T, Perry J, Jagger J. Needlestick injuries to the feet of Japanese healthcare workers: a culture-specific exposure risk. Infect Control Hosp Epidemiol. 2007;28(2):215-8.
  2. Lee JJ, Mitsuda T, Yoshikawa T, Hosomi Y, Okubo T. Survey of 229 Japanese Hospitals To Assess Sharps Injury Prevention Programs and Organizational Capacity for Healthcare Worker Safety. American Journal of Infection Control. 2007;35(5):e162-e163.
  3. Wada K, Narai R, Sakata Y, Yoshikawa T, Tsunoda M, Tanaka K, Aizawa Y. Occupational exposure to blood or body fluids as a result of needlestick injuries and other sharp device injuries among medical residents in Japan. Infect Control Hosp Epidemiol. 2007 Apr;28(4):507-9.
  4. Yoshikawa T, Ito A, Sakai K, Kogi K. How to design a practical action checklist for preventing needlestick injuries among health care workers. J UOEH. 2006 May 20;28 Suppl:63-68.
  5. 吉川 徹.労働の場の事故による傷害の収集システムとその活用-医療現場の針刺し切創のサーベイランスとその対策を例にして- 事故サーベイランスプロジェクト報告書.2006. p46-49.
  6. 吉川徹,酒井一博,松田文子,水野有希.病院で発生した針刺し切創事故の分析による採血・処置関連鋭利医療器材の医療従事者傷害特性.人間工学.2007:43(Suppl):364-365.
  7. 吉川徹.採血時の針刺し切創とその予防.臨床検査:2006:50(3):311-316.
  8. 吉川徹.針刺しに関する米国OSHAの活動・取り組み.感染対策ICTジャーナル.2007:2(3):314-318.
  9. INFECTION CONTROL 2008年春季増刊号「感染対策のためのサーベイランス協力サポートブック-計画からフィードバックまで完全フォロー!-」(分担執筆、針刺しサーベイランス、針刺し切創入力画面・ワークシート)東京:メディカ出版,2008年6月.
  10. 「安全器材カテゴリー別リスクと対策(全11カテゴリー)」.職業感染防止のための安全対策製品カタログ集 第3版.東京:職業感染制御研究会2006;18-51.
  11. 吉川徹,柴田清.針刺し・切創予防技術教育における損傷疫学理論とシミュレーションを用いた研修手法の開発 2006;48(Suppl):514.(第79回日本産業衛生学会講演集,2006年5月,仙台)
  12. 吉川徹.安全対策機器,器材の正しい使用方法.第1回機器と感染カンファレンス.カンファレンス抄録集;2006:12-13.(2006年3月,福岡)
  13. 吉川徹, 酒井一博, 松田文子. 公災認定・労災保険給付請求書類を利用した針刺し切創データベース構築とその分析. 産業衛生学雑誌(1341-0725)48巻1号 Page25(2006.01)
  14. 吉川徹, 内田美保, 國島広之, 工藤友子, 吉田敦, 木戸内清, 木村哲.病室内外における針刺し発生状況の日米比較 針刺し・切創事例の受傷リスクと廃棄システムに注目して.感染症学雑誌2003;77(10):861-2.

暴言・暴力

  1. Mayuri Arimatsu, Koji Wada, Toru Yoshikawa, Susumu Oda, Hatsumi Taniguchi, Yoshiharu Aizawa, Toshiaki Higashi. An epidemiological study of work-related violence experienced by physicians who graduated from a medical school in Japan. J Occup Health 2008; 50: 357-361.
  2. ストップ!病医院の暴言・暴力対策ハンドブック(共著).監修相澤好治,編集和田耕治. 東京;メジカルレビュー社.2008年7月

医療事故

  1. 吉川徹,藤田浩,富山順治,秋山暢,大和田啓,黒澤彩子.当院における骨髄検査の穿刺部位と検査対象疾患に関する検討.臨床血液(日本血液学会・日本臨床血液学会回総会プログラム・抄録集67回47回) 2005:46(8):p(982)420.

 

2005年5月18日作成,2008年9月5日最終修正