| 58巻
7号目次
特 集:第三者安全評価のいま
<俯瞰(ふかん) > 調整の文化:井上枝一郎
長谷川尚子 ほか:現場で活用しやすい安全評価システムとは
福井 宏和:質問紙調査における安全意識評価の視点
古賀 良男:現物現場に則した安全評価へのアプロ−チを
菅沼 崇:組織安全の確保に向けた今後の組織アクションの方向性
<IT産業の舞台裏 その7> サトウヨシフミ:品質管理って……(1)
<books>大橋 信夫:労働と健康の調和―CFSI(蓄積的疲労徴候インデックス)マニュアル―
<産業医学いまむかし(7)> 野村 茂:北里柴三郎博士と結核と
<トピックス>堀井 秀之:「社会技術」のめざすもの<上>
<地球サミットから10年 地球市民めざして(5)> 角田季美枝:PRTRを知っている?
〜化学物質の環境汚染や健康被害を少なくするための足がかり〜
< 話題 >中村 艶子:「企業内保育所」の現状と課題
<Talk to Talk >肝付 邦憲:宴のあとは,
<労働衛生コンサルタント事務所の窓辺(3)>木田 哲二:国立大学の独立行政法人化
<社会の目>鵜飼 修:コミュニティ・ビジネスの現状と将来
<庫内気流最適化設計開発うら話(4・最終回)> 小口 康明: 酸化チタンを組み込みたい
<海外だより> 原 邦夫:3年ぶりに中国・鞍鋼製鉄所を訪ねて
<保護具なるほど博物誌(12・最終回)>安全靴の巻(田中通洋)
<cinema>出世より父親の介護を選択した男の生きざま −『ホーム・スイートホーム2〜日傘の来た道』 (百瀬しのぶ)
<労働科学のページ>
高年齢VDT作業者の作業実態と疲労自覚症状(鶴原亜紀 ほか)/睡眠不足と安全の関係についての文献的資料(小松英海)/オフィス労働のIT化と労働者の疲労(佐々木司)/視覚障害者用道路横断帯の標準的敷設法に関する研究(1)(大倉元宏ほか)/個人曝露粉じん濃度のリアルタイム表示および警報システムの開発(村田 克 ほか)
巻頭言<俯瞰(ふかん)>調整の文化:井上枝一郎
9.11テロ事件の背景の一つに,キリスト教圏の文明とイスラム教圏の文明の対立,つまり両文明の衝突があったという見方がマスメディアに載った。その後,この見解は,文明間の一層の対立を煽りかねないとの危惧から声高には語られなくなった。しかし,文明の対立という視点から事件を考えてみるという発想は事の深層を理解するうえでは示唆に富むものではなかろうか。そこで,この視点に習い,最近話題となった原子力発電所施設の不具合の隠蔽というトピックスを検討してみたい。
検討に際してのポイントの一つは,それがいかなる機器あるいは人体への障害をも発生させた事象ではないという点である。背景に存在する根本的な問題は,「安全である」という基準(社会的合意)を巡っての技術サイドの考え方(安全)と一般社会の考え方(安心)の対立である。
多様な価値観の存在を許すのが成熟した社会だという教えが戦後教育を貫いた一つの精神であった。しかし,この教えは,一方で,多様な価値の調整(合意)という困難な課題を内包しているものでもあった。しかし,この調整という側面が教育の中で強調されることはなかったと記憶する。したがって,われわれは,多様性の許容という言葉に惑わされて,この価値がその裏に抱えていた重大な一面を忘れてはいなかったであろうか。上述の問題も,われわれが並立する価値の調整に対して未だ答えを見いだし得ていない証左にほかならない。
原子炉内を循環する水流の調整機器シュラウドに見出されたキズの様相は,これを管理する技術者から見れば程度問題であり,安全性に影響を及ぼすほどのキズではないとされていた。これに対して,「原子力」には特段の感性を持つわが国の社会は,原子力関連施設は常に新品同様の健全状態を維持すべきだという要求を堅持する。したがって,キズを隠蔽するとはけしからん,犯罪行為にも等しいという社会的批判が巻き起こり,いわば今回の事件が発生したわけである。
対立する文化(社会の一定層を代表する見解をそう呼ぶとして)間の意見調整(合意形成)にはいかなる手立てがあるものだろうか。孤島で形成された文化でない限り各層の境界領域(インターフェイス)での交渉は成立するとしたい。わが国における,原子力問題を巡っての意見対立も調整可能な範囲にあろう。今日の問題は,まさにこのインターフェイスをどう認識し,どのように創り上げるかということに尽きるのではないだろうか。この営みの前提として必要となる認識,具体的には,固有の主張はひとまず置くとして調整が必要だと言う認識,これを「調整の文化」と呼んではどうであろうか。
われわれにとって異文化であるイスラム法典の「目には目を……」は「目を奪った者からは目以上のものを奪ってはならない」という意味であったことを知ったとき,目からウロコが落ちたような気分にさせられたのは筆者ばかりではないであろう。
(いのうえ・しいちろう=関東学院大学人間環境学部・教授,労働科学研究所研究主幹)
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