| 58巻
4号目次
特集:緒についた医療事故対策〜「ミスを活かす」発想と技〜
<俯瞰(ふかん)> 「ミスを活かす」発想:黒田 勲
宮本 敦史:行政から見た「ミスを活かす」方策
楠本万里子:看護における「ミス」の原因追求から対策立案 〜インシデント事例収集・分析の視点〜
川島みどり:ミスを活かす努力と技
飯田 裕康・関 由起子:「ミスを活かす」総合的な事故防止/安全対策
<産業医学いまむかし(4)>野村 茂:「産業医学」という用語のこと
<労働者の健康増進策のニューウエーブ(1)>久野 譜也: 茨城県大洋村プロジェクト
<社会の目> 吉岡 庸光: 社会的責任投資への期待<上>
<新しい働き方を探る(3)> 水野 基樹: 人材スペック
<現場の産業保健ノート(11)> 堀江 正知: 労働衛生法規における時間の概念
<AV/IT時代のインターフェース(4)> 齋藤 真里: ユーザーの要求を知る 〜作り手も1ユーザーか?〜
<集中連載> 本 節雄:「組織」を考える・1
<庫内気流最適化設計開発うら話(2)> 小口 康明: 紫外線の不思議な力
<ノクトビジョン >野村 芳江: 働きやすい農業をめざして
<保護具なるほど博物誌(9)>溶接面の巻(田中通洋)
<cinema>男性の欲望の代弁者,パトリス・ルコントの新作―『歓楽通り』(百瀬しのぶ)
<music> 変わらぬ人々 しかのあきこ(しかのあきこ)
<労働科学のページ>女性による非雇用型在宅ワークにおける健康影響とその要因(高橋 誠 ほか)/室内で気中に噴霧された化学物質の気中濃度変動に及ぼす揮発性の影響(原 邦夫
ほか)/「野蛮な横断的労働市場」の可能性―木下武男『日本人の賃金』の検討―(赤堀正成)/女性による非雇用型在宅ワークの仕事と生活に関する実態調査(高橋 誠
ほか)
<books>二次障害ハンドブック(大西明宏 )/この道は(野沢 浩)
<information and news>作業環境測定士指定講習会のお知らせ/ワークサイエンスニュース 巻頭言<俯瞰(ふかん)>「ミスを活かす」発想
黒田 勲
連日のように医療事故が報道され,国民の医療に対する不安と不信が高まっている。確かに医療業務のミスは,直ちに患者の生命に関連する重大な問題である。このため医療関係者は誤りのない,いわゆる無謬・完璧主義をめざし,ミスはあってはならない,忌まわしい行為として排除し,無視しようとしてきた。しかし,それらの努力を続けてきたにもかかわらず,今なお多くの医療過誤が,人間のミスに起因している事実が示されているからには,ミスと正面から向き合って,その「ミスを活かす」逆転の発想が必要である。
ミスとは「達成しようとした目標から,意図せずに逸脱してしまった行為」であって,一所懸命やったが,目的から外れてしまった結果である。だから注意の再喚起などの教条的,精神的対策は有効ではない。人間は誰でもミスを犯す。一所懸命やればやるほどミスは多くなる。その大原則を踏まえて,現代産業は安全対策を工夫し,発展を遂げてきたのである。ミスを誘発させた機材,環境,システムを,いかに人間中心に改善するかという,「ミスに見習う」新しい発想が必要である。
ミスの病因追究には,時系列を遡って,知覚,判断,決心,行為,作業環境,ワークロード,人間関係など,医療システムの視点から詳細に,率直に分析する「なぜなぜ分析」がまず必要である。それでどこを排除すればミスに至らないで済むかの対策のポイントを,いくつも探し出す。対策実施の難易度,可能性,経済性,確実性などを考慮して,多重防護の構えをつくるのである。
対策を考えるには,まず「ミスを犯す行動をやめてしまう」,「やるなら,誰でも間違わないで済む,わかりやすい,やりやすい工夫は?」,「ミスを事前に予測する方法」,「たとえミスをしても,すぐ気づき,重大な結果に至らない方法」,「事故が発生したら,まずどうするか」などの対策作成の基本ルールに従って,確実に防止できる系統的対策を考える。
医療ミスは,前近代的特殊技能階層による労働集約型システムによって誘発されている傾向が強い。このため対策は組織全体へのシステム的視点から取り組まなければならない。特に最高管理者の安全に関する幅広い,柔軟な考え方,断固として事故を防止しようとする強い意志と体制が最も重要である。すくなくとも組織のリスクマネジャーは,事故発生時の後始末要員だけではなくて,ヒヤリ・ハット事例から事故予防へと前向きな発想の変換をしなければならない。
また,事故が多発した組織の調査研究はなされているが,それよりも,同じような作業を実施しているにもかかわらず,事故が発生していない組織やシステムではいかなる工夫や努力が払われているかを調査研究する必要がある。これは取りも直さず実践的「安全文化」構築の手がかりということができよう。
「ミスを活かし」て田中耕一さんはノーベル賞をもらった。それほどの価値のある仕事である。
(くろだ・いさお=日本ヒューマンファクター研究所・所長)
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