特集:医療現場の暴言・暴力
<俯瞰(ふかん)>嶋森好子[慶應義塾大学]:
働くものの安全確保は病院管理者の責務である
飯田英男 [奥野総合法律事務所]:医療現場の暴力と解決への道
三木明子 [筑波大学大学院]:調査研究からみた医療現場での暴力
和田耕治 [北里大学]:諸外国での対策と国内の今後の課題
安井はるみ [(社)神奈川県看護協会]:医療現場での暴力対策への取り組みと今後の課題
山田佐登美 [岡山大学病院]:岡山大学病院の院内暴力防止への組織的取り組み
菊地直美 [杏林大学医学部付属病院]:杏林大学病院の暴言・暴力対策
<労働科学と私(39)>大久保利晃:産業医資格認定制度構築への関わり
<安全・環境の視点で斬る新テクノロジー(2)>村田徳治:バイオ燃料と環境問題〈2〉
<し・ん・ど・う の科学(3)>前田節雄: 人体振動の国際規格〈2〉
<労働者のための睡眠衛生学(12・最終回)>佐々木司: 労働者が知っておきたい睡眠の理論〈3〉〜コア睡眠−オプショナル睡眠仮説と徐波睡眠−レム睡眠バランス仮説〜
<ILOこぼれ話(12)>川上 剛:カンボジアに産業医制度を作ろう
<Talk to Talk>肝付邦憲: 私たち小動物だって
<知りたい てくのロジー(36)>増田忠英:照明や信号の「光」を使って無線通信〜実用間近な「可視光通信」の技術〜
<米国の産業看護活動と日本の産業保健・看護の過去・現在・未来(3)>渡井いずみ・京谷美奈子:産業・環境看護の実践的基礎
<大原コレクション散策>『習作』佐伯祐三・作/坂田一男・解説
<cinema>百瀬しのぶ:過去を背負って走る駅伝ランナーと,彼を見守る少女の青春感動物語――『奈緒子』
<からだにいい“いいからかん”料理(24)>長須美和子・小田島玉惠:1品何か足りないときに! 糸コンニャクのピリ辛煮
<information and news>
労働科学研究所主催 医療機関における暴言・暴力対策を考えるセミナー開催
労働科学研究所創立85周年記念事業[現代の労働と安全・保健マネジメント]連続セミナーのご案内
<労働科学のページ>
寄りかかり型立位作業補助具の腰部と下肢の負担軽減効果(瀬尾明彦ほか)/医療情報管理・伝達システムの運用と医療事故防止効果についての調査研究−情報伝達および看護記録の実態と病棟業務との関連−(内藤堅志ほか)ほか
<books>小山秀紀:シーティング入門―座位姿勢評価から車いす適合調整まで―
<俯瞰(ふかん)>働くものの安全確保は病院管理者の責務である 嶋森好子
2007年8月19日付、読売新聞は、「47都道府県の79大学病院を対象に行った調査で59の病院から回答があり、そのうち54の病院で、約430件の暴力、990件の暴言・クレームがあった。また、10件以上の暴力が6病院で、50件以上の暴言・クレームが5病院であった」と伝えている。1999年に重大な医療事故が発生して以来、医療への不信や不安が高まる一方で、患者や患者家族から、医療従事者が受ける身体的、精神的暴力が問題視されるようになってきた。
医療現場が必ずしも安全ではなく、不測の事態や医療事故が発生する可能性があることは、医療従事者の誰もが知っていた。ただ、それは専門家である医療者(医師,看護師,その他の医療従事者)が力を尽くした結果であり、“やむ得ない事態である”との認識を医療者は持っていた。また、患者やその家族も理解したうえで、医療者を信じて身を任せているものと、医療者自身は考えていた。ところが、それが医療者の勝手な思い込みであったと気づかされたのが、1999年に発生した“患者誤認事故”と、“消毒薬誤注入事故”であった。いずれの事故も、一見単純な“聞き間違いや“取り間違い”であったが、その間違いを生じさせない仕組みと,生じた間違いが事故につながらない仕組みがなかったこと明らかになった。また、医療の不確実性や,万一事故が発生した場合に患者や患者家族に情報を開示して必要な謝罪をすること,そして,ともに事故防止に取り組むことの重要性が認識されていなかったことが明らかになり、医療界を挙げてこれらの取り組みが始まった。
このような事態から少し遅れて、社会問題となったのが“患者や患者家族から医療者が受ける暴力”である。冒頭に紹介したような身体的・精神的な暴力を受けた医療者が,生命の危険や職業継続を危うくする精神的な問題を抱えるなど、深刻な状況になっている。
患者や患者家族から受ける暴力の問題も、医療現場では古くからあった。特に精神科領域や救命を優先する医療現場で起きる患者からの暴力については、患者の症状の一環として捉えられて、これに適切な対応をするのが専門家であると認識されてきた。そのために、患者や患者家族からの暴力を受けても未熟であると評価されるのを恐れて表沙汰にしてこなかった。
数年前の筆者の経験でも、患者からハラスメントを受けた看護師が、ハラスメントに関する調査を行うことを計画したところ、上司から“患者にそのような感情を持つのは、未熟な看護師の態度だ”として当初は調査の許可が下りず、その後の説得でやっと調査が行われたが、この結果で、患者や同僚、上司からさまざまなハラスメントを受けている実態が明らかになった。
最近では医師や看護師が死亡する暴力事件にまで発展し、警備のために警察のOBを雇用した病院もある。また、いずれの病院でも暴力への対応マニュアルが整備され、かつてはどこからでも出入り可能であった病院の出入口を表玄関だけにして、その管理も厳しくする施設が多くなった。
医療事故防止対策と同様に、患者の安全と安心を確保するためにも、医療現場で働く医療従事者が安心して安全に働く環境を確保することは、労働安全衛生上当然成すべき病院管理者の責務である。
(しまもり・よしこ=慶應義塾大学看護医療学部・教授) |