特集:オトコの働き方が変わる
<俯瞰(ふかん)>介護,育児のリレー体験から 舛添要一
萩原清子:オトコの介護と定年制
田尻研治:オトコの育児がもたらすもの
木下壽國:オトコももっと育児休暇を
村木厚哉:育児っておもしろいね
木下壽國:オトコが介護するということ 〜とにかく自分がやるしかない〜
<産業医学いまむかし(29)>野村 茂: 九州の産業医学いまむかし
<労働科学と私(6)>原 一郎:職業性中毒研究の50余年
<慢性疲労研究に挑む〜脳科学研究の新展開を迎えて〜(2)>小幡亜希子ほか: 光トポグラフィによる脳機能画像計測 〜慢性疲労研究へ向けて
<From Lab(6) >技能行動研究グループ:人間中心のバランス構築をめざして
< 労働の科学 Q&A> 浅井保義:混合溶剤の検知管による測定は?
<知りたい てくのロジー(3)>増田忠英:めざすは人間のパートナー 二足歩行ロボット「ASIMO」の技術
<労働衛生コンサルタント事務所の窓辺(19)>木田哲二:長時間残業<2>
<安全・安心(1)>井上枝一郎:国民的安全文化の醸成を〜東武鉄道踏切事故で思うこと〜
<話題>関口和代:若年層の職業観 〜高校生・大学生の日韓比較調査の結果から〜
<Talk to Talk>肝付邦憲:貧しさに花咲かせゆく二人づれ
<巻頭コラム・二十一世紀は「心」の世紀(6)> 林雄二郎: 勿体ない再考
<cinema>百瀬しのぶ:南米で靴下工場を営む兄弟と孤独な中年女性の人生はどこへ向かう?――『ウィスキー』
<information and news>労働科学研究所維持会特別月例研究会「オトコの働き方を変える 〜男女共同参画社会への道〜」
作業環境測定士登録講習会のお知らせ
ワークサイエンスニュース
<books>石井まこと:日本の労働調査 1945-2000
<俯瞰(ふかん)>介護,育児のリレー体験から
私は、東京と九州を往復して、痴呆症(今は認知症と呼ぶ)の母を7年間介護した。母は、5年前に逝ったが、この体験は、まさに「介護地獄」そのものであった。介護は、長男の嫁の仕事というのが、多くの家族の通常であった。しかし、実際に介護をしてみると、女性にだけ任せてすむようなことではないことを痛感した。まさに、家族全員による総力戦である。
たとえば、母をベッドや車椅子から移動させるのは、男の私でも相当に体力のいる仕事で、ついに自分が腰痛に悩む身となった。それに、介護にともなって、さまざまな雑事が生まれてくる。役所への届出をはじめとして、煩瑣な書類づくりもある。夫婦で、書類をチェックしないと、ミスがあると何度も役所に足を運ぶ羽目になる。とにかく、分業と協力を徹底しないと、介護する家族のほうが倒れてしまう。
年前には、男が介護に参加するのが、少し珍しかったのかもしれない。しかし、今では、どの家庭でもそれが当たり前になってきている。さいわい、5年前から介護保険が始まったので、ヘルパーさんたちの支援を得ることが可能になってきた。理想を言えば、「介護はプロに、家族は愛情を」というスローガンが実現してほしいものである。
介護は実に大変な仕事であったが、多くのものを私に与えてくれた。人間の生命の尊厳、親の愛の深さ、そして家族の助け合いの大切さなど――人生の最も大切なことを介護を通じて再認識させられたのである。介護を体験した者は、男も女も、何か大きなプラスを自分の人生に付け加えることができるような気がする。
自分が味わったような介護の苦しみは、自分だけのものにしたい。その思いが私を政治の道に入らせた。国会議員になるというのは、自分の人生設計にはなかったことである。
母が亡くなった翌日、生まれ代わりのように女の子が誕生した。一方で通夜・葬式、他方で出産という騒ぎである。そして、私の仕事も、次は育児となった。オムツも母から娘へと対象が代わった。また、毎日、戦争のような日々である。
妻も仕事を持っているので、また分業である。洗濯は私の仕事で、朝と晩と二回は洗濯機を回す。また、時間が許せば、晩の食事の買い物にも行く。娘が保育園に通うようになると、送り迎えである。自転車のかごに乗っけて送っていく。この日課をこなしているうちに、今度は男の子が産まれた。
夫婦で協力しなければ、どちらかが潰れてしまう。それに、当然仕事もある。育児と仕事の両立は難しい。ベビーシッターさんを頼んだり、民間の託児所に一時預かってもらったりして、何とかやりくりしている。子育て支援をもっと充実させるように政府にも働きかけている毎日である。
激務を終わって帰宅し、妻と子供たちと夕餉を楽しむ。至福のときである。
(ますぞえ・よういち=参議院議員、舛添政治経済研究所・所長)
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