特集:組織事故をくいとめる!
<俯瞰(ふかん)>「公」の喪失 井上枝一郎
古川久敬:組織安全のこれから
岸田孝弥ほか:組織事故防止と組織の安全体質強化
高野研一:安全文化の重要要素とその醸成戦略
福岡啓介:日本vsインドネシア〜安全文化は異なるか〜
細田 聡:安全文化向上のための目のつけどころ
<産業医学いまむかし(26)>野村 茂:日本産業医学会の頃
<労働科学と私(3)>木村菊二:粉じんとともに 〜呼吸用保護具の研究のあゆみ〜
<産業保健の新潮流 〜自主・自律の時代へ〜(12)>小木和孝:産業保健新潮流の連載を俯瞰して
<From Lab(3)>システム安全研究グループ:産業組織の安全性向上をめざして
< 労働の科学 Q&A>笹生 稔:使い捨て式防じんマスク――お椀型と折たたみ型特性は?
<Talk to Talk>肝付邦憲:名もなき対極の師
<話題> 大槻奈巳:女性のキャリア形成と生涯学習
<ポイント>加藤 理ほか:職場におけるセクシュアル・ハラスメント 〜 その心理・社会的基底 〜
<あたらしい働き方を探る(13)>水野基樹:インディペンデント・コントラクター
<労働衛生コンサルタント事務所の窓辺(16)>木田 哲二:安全衛生委員会 <2> 〜内部監査機関/情報ハブとして〜
<巻頭コラム・二十一世紀は「心」の世紀(3)> 林雄二郎: 「農業的な社会」から「工業的な社会」へ
<cinema>百瀬しのぶ:辛く厳しい時代を庶民の視点で描いた秀作――『大統領の理髪師』
<information and news>第8回産業衛生技術部会の教育研修会
<books>内海健寿:高齢化社会と財政再建の政策シミュレーション
<俯瞰(ふかん)>「公」の喪失 井上 枝一郎
現代の若者の生き方は、「私は他人に干渉しない」だから「他人からもとやかく言われたくない」にあるという。電車内でも化粧をする、放置禁止の看板に平気で自転車を立て掛けていく。たぶん、そこには「公」という概念が存在しないのであろう。
このような風潮は一体どこからきたものであろうか。思うに、これは「個の自立」ということと深く関わっているに違いない。大戦前夜には、われわれは個の抹殺を強いられた経験を持つ。戦後その反省から、教育の場においても個の自立が強く謳われたと記憶する。そしてこの理念は今日においても「個性尊重教育」として教育の一つのバックボーンを形成している。
しかし、今日、われわれは、その代償(副作用)として、予想だにしなかった社会規範の崩壊に苦しむことになっている。一つの風潮が社会を席巻するのに二世代を要するとすれば、親世代は、公を尊重する理念へのレジスタンスとして個の主張を唱えたものであった。ところが第二世代に至り、「個の自立」が前面に躍り出た結果、その副作用が洪水のように流れ出し、止めようもない「公」の喪失に至ってしまったのではないだろうか。
自立とは、まず他者への認識を獲得し、その後に個なる概念を獲得して果たされるものと認識する。戦後教育が、「自由の伝達」に忙しく、前者を欠落させて推移した結果であると言ったら過言であろうか。人間が社会(群れ)を形成して種の保存を図って来た経緯を踏まえれば、公共(群れの掟)を無視して振る舞うことが無限に許されてよいはずはない。公と個の関係について、どこかの時点どこかの領域で折り合いをつけてもらわねばならない。
今や、かかる若者の行動様式は、家庭から一般社会へと拡散し、政治的無関心(選挙にはまず行かない)、労働価値の否定(ニートの増大)、環境価値の喪失(空き缶は平気で投げ捨てる)などの掟破りの行動となっている。幼児期に親や先生から「叱られる」経験を持たないことに始まり(社会的情報伝達ルートの崩壊)、卒業年(元服)に達しても社会が巣立ちを促さない(フリーターの容認)という成長プロセスが存在する。巣立ちの時期をこうして育ったからには、公共の概念、ヒューマニティなどが生まれようはずもない。
若者に話が偏り過ぎてしまった。眼を大人社会に転じてみよう。どうして、すでに十分、この社会的風潮に侵食されきっている。自動車会社は欠陥をひた隠す、病院は医療ミスを否定する、銀行は資本状況を偽る、原子力発電会社は情報を公開しない等々、とても若者だけを非難できる状況にはない。一連の不祥事は、いずれも、自社の論理に固執し、外部からの批判を怖れるばかりにとられた行動である。若者たちと一体どこが違うというのであろうか。対策として、若者には教育による改善の可能性があろうが、教育を施すべき大人社会の毎日がこんな有り様では、今後、われわれは一体どこへ行くというのであろうか。
(いのうえ・しいちろう=関東学院大学人間環境学部・教授,労働科学研究所システム安全研究グループ・研究主幹)
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