財団法人労働科学研究所ホームページ出版労働の科学59巻1号
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59巻(2004年)
1号目次

表紙「new planet」 drawing by itaru itard

特 集:産業安全・保健対策の費用効果

<俯瞰(ふかん)>前原 直樹:年頭にあたり安全と健康の価値をあらためて考える 〜マニュアルと訓練でなくレシピーと稽古の視点〜
浜 民夫:安全衛生対策の費用対効果
武藤 孝司:産業保健活動の費用効果
今井 保次・根本 忠一:職場メンタルヘルス制度の経済評価をめぐる問題
松本 桂樹・岸本 麗:メンタルヘルスケアの費用対効果 〜EAPの視点で〜
金子 能宏・篠崎 武久:自殺の社会的費用と自殺防止対策の経済効果

<産業医学いまむかし(13)>野村 茂:深夜業と交代制のこと
<働く女性を取り巻く環境(3)>中村 艶子:仕事と家庭の両立への取り組み
<話題>清水 和生:グローバル・コンパクト 〜キッコーマンの取り組み〜
<トピックス>藤井 正實:ホームレス問題の一側面 〜路上生活者から発見されたじん肺症の5例〜
<Talk to Talk>肝付 邦憲:学に人らしさを求めて
<熟練技能のヒューマンファクター(3)>鳥居塚 崇:縫製作業における技能
<社会の目>菅沼 崇・施 桂栄:社会的信頼の喪失を避けるために企業は何をすべきか? 〜潜在的危険性を有する企業の今後(外部環境を変革するという視点から)〜
<防災シミュレーショントレーニング(5)>平能 哲也:防災マニュアルのポイント<下>
<労働衛生コンサルタント事務所の窓辺(5)>木田 哲二:新年,今年は何をしよう……
<IT産業の舞台裏(11)>サトウヨシフミ:プロって……
<シリーズ・防護服(3)>安全な防護服がつくられるプロセス(井口成美)
<cinema>人間の深層心理を問う傑作――『息子のまなざし』(百瀬しのぶ)
<労働科学のページ>新入社員の自覚疲労に関する研究(第1報)―立位作業姿勢を主とする新入高卒女性従業員における自覚疲労の推移(熊澤光正)/鉄骨建方作業の実態の記述(小松英海)/『新時代の「日本的経営」』における構想と実践(赤堀正成)/除草時の作業姿勢の違いが腰部・下肢筋活動へ及ぼす影響(江口淳子)
<books>ボーパール午前零時五分(編集部)
<information and news>作業環境測定士指定講習会のお知らせ

年頭にあたり安全と健康の価値をあらためて考える〜マニュアルと訓練でなくレシピーと稽古の視点〜
前原直樹

 哲学者の鷲田精一があるエピソードを紹介している。古い卵と新しい卵の見分け方を授業で習った後,「あなたはどちらを食べますか」という問いにただ1人,古いほうと答えて「不正解」となった子の話である。実はこの子の両親は共働きだったので自分で料理することが多く,賞味期限に差があれば,古いほうから食べるのは当たり前で,自分の家事経験の文脈の中でこの問いに答えたのだという。鷲田はこの子を「小さな哲学者」と賞賛し,この子の眼を忘れてはいけないと言っている。
 各種の事故がまた多発しそうな気配である。原因や背景要因はさまざまであろうが,共通して,しかも大きな比重で指摘されているのが「現場の経験不足」である。「生き字引き」のような人が現場に多くいる状況は作れないのだろうかと考えたとき,卵のエピソードは「知ることが生きることに直結する」ことの大切さをわれわれに教えている点で色々考えさせられる。
 医療の世界では「ナラティブ」とか「物語性」という言葉が出始め,マニュアルばやりの昨今,ちょっとしたブームになっている。ほかの産業界からの先進例を早く吸収したい―と取り入れたマニュアル方式であったが,現場という「生きもの」に対処するには荷が重すぎたことの証左なのだろう。そもそも「臨機応変に使いこなす」ぐらいでないとマニュアル方式の真価は発揮しないことぐらいはわかりきっていたはずなのに,また,経験を蓄積した人の存在を常に想定しないと何事もうまくいかないことは経験則だったはずなのに,いつからか「今までとは違う」「マニュアル化で事態は乗りきれる」と錯覚したのだ。今日の状況でもマニュアルで対応可能な場面があると思うが,「マニュアル」的状況に慣れてくると恐ろしいのは,事態の解決が一段と高度に,複雑になった段階だけでなく,難易度が低いはずの事態にも対応・処理できなくなるのではないかということである。事故のニュースを耳にすると,このことが心配になってくる。
 最近ではマニュアルやプログラムに替わり,レシピーの考え方の必要性が主張されている。書かれてある必要最小限の材料と手順だけで料理人と状況に応じてできる料理は異なるが,これに従えばある特定の名前をもった調理は完成する。これがレシピーである。
 もちろん,現場に生ずるさまざまな事態に対し,あるときは苦労しながら問題をうまく処理し,あるときには失敗したりするようなことを数多く,継続的に経験しなくてはレシピーも生きてこないであろう。これは「訓練」というよりむしろ「稽古」という視点でこそ生かされると思う。安全や健康に対する「効果」についてもそろそろこのあたりを見直し,新たな議論を巻き起こす時期にさしかかっている気がしてならない。新年にあたり,事故多発の不幸な事態を安全や健康の価値を考え直す絶好の機会としたいものである。
(まえはら・なおき=労働科学研究所・所長)


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