「労働の科学」65巻5号

                               65巻(2010年)

5号目次

 

特集:テレワークを生かす

俯瞰(ふかん)
諏訪康雄[法政大学]:組織のテレワーク戦略と労働者のテレワーク活用

毛利一平[労働科学研究所]:テレワーク(特に在宅勤務)と労働安全衛生
中島康之[社会保険労務士法人NSR]:テレワークのための労務管理のポイント
丸谷浩明[事業継続推進機構]:事業継続計画(BCP)におけるテレワークの活用
柳原佐智子[富山大学]:雇用型テレワークを利用したワーク・ライフ・バランス向上
溝辺隆之[日本電気(株)]:NECのテレワーク
  
労働の鳥瞰・虫瞰(4)
兵頭淳史:労使関係の変貌と労働組合の課題
働く視覚障害者への支援 ロービジョンケア(3)
沖山稚子:視覚障害者の就業問題
ILO こぼれ話(37)
川上剛:フィジーふたたび ~ごみ熱中人とカバの儀式~
海で働き海で生きる(5)
大橋信夫:日本からギリシャまでの航海経過〈1〉横浜~シンガポール
Talk to Talk
肝付邦憲:ともに歩く
企業に生かすスポーツ心理学(26)
水野基樹:ピグマリオン効果とゴーレム効果
オランダだより(14)
長須美和子:オランダの医療制度
知りたい てくのロジー(62)
増田忠英:AR(拡張現実)を実現するウェアラブルディスプレー ~透過型ディスプレーとウェアラブルコンピューティング~
大原コレクション散策
『アレキサンドル・ロムの像』マルク・シャガール・作/柳沢秀行・解説
Cinema
百瀬しのぶ:沖縄の海を守るべくひとりで闘った男と支えた妻の物語―『てぃだかんかん』 
からだにいい“いいからかん”料理(50)
長須美和子・小田島玉惠:さっぱり梅で 煮玉子と骨付き鶏のこってり煮! 
Books
橋爪絢子:大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立

 

俯瞰(ふかん):組織のテレワーク戦略と労働者のテレワーク活用       諏訪康雄

 30年ほど前に「在宅勤務」の訳で伝えられたテレワーク。パソコンが日常品となり、インターネットが普及し、情報通信技術(ICT)を前提にした働き方が広がった現在、事業所から遠く離れた場所で、職場に出勤するのと同じように仕事をこなすといった概念は、もはや解説の必要がなくなった。実際、日本テレワーク協会の調査によると、この種の働き方を週に8時間以上する人の比率は、7人に1人以上になっている。より短時間ならば、さらに多い。
 とはいえ、業務効率が上がるとして連邦公務員さえも15万人がテレワークをしている米国のように、テレワークを組織戦略にまで高めている企業や役所は、日本ではまれだ。狭い国土の一定地域に関係者が密集して存在するためもあってか、遠く離れた場所に分散しながら協働する仕組みをあまり発展させてこなかった。相対(あいたい)の行動様式が社会の隅々にまで根を下ろし、顔と膝をつき合わせて相談することを良しとする文化がある。多くの組織は今でも田の字型に机を配置し、情報を共有しながら、集団主義的に仕事を回そうとする。ICTが分散型の協業を潜在的に可能にした意義も必要性も、なかなか痛感しない。
 だから、日本のテレワークは、組織戦略からして導入が簡単で効率を上げると実感できた外勤型の労働形態にある人びと(営業や出張修理の担当者など)には、情報通信機器さえ使わせればモバイルワークとなるため、かなり早くから広まった。だが、内勤型の労働形態の人びと(各種の事務担当者、専門職など)には、その有効性が実感できないまま、容易に広がらない状態にある。育児、介護、配偶者の転勤の場合などをテレワークで乗り切りたいと切望する労働者がいても、組織として正面から向き合わないできた。
 テレワークさえあれば辞めないですんだ人材をみすみす失いながらも、いくらでも代替はあると高をくくってきたのか、それとも、OJTで相対による集団主義が刷り込まれ、それ以外の働き方を夢想だにできない経営者や管理職のせいか、戦略的にテレワークを導入しようとする企業は少ない。集団主義の権化のような役所に至っては、旗振り役の官庁が少人数で実験を開始したばかりである。
 とはいえ、少子高齢化で労働力人口が急速に減少していくだけに、テレワークは政府のワーク・ライフ・バランス憲章にも取り入れられたし、一部の企業も本格的な導入に踏み切っている。実証実験で作業効率が下がるどころか、同等またはそれ以上との結果を得てである。起こりうる疫病パンデミック、地震、台風、大規模テロなどの場合に、分散型の働き方を導入しておくと業務継続(BCP)に有効であることは、数年前のサーズ、ロスアンジェルス地震、9・11などの際に実証されてきた。
 もちろん働き方としてのテレワークの活用は、組織戦略だけの問題ではない。労働者の活用姿勢にも依拠する。公共政策としての支援策と必要な規制策も忘れてはならない。
(すわ・やすお=法政大学大学院政策創造研究科・教授)