「労働の科学」65巻4号

                               65巻(2010年)

4号目次

 

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絵画:トレドの街並
前田 昌良


fujisan.co.jp

特集:会社の教育力

俯瞰(ふかん)
小関智弘[作家]:やさしいことばで伝えられるか

八幡成美[法政大学]:企業で人を育てる~職能を高める人材育成策~
大堀德豊[(日鐵物流(株)]安福愼一[新日本製鐵(株)]:企業内での人材の教育・育成を考える~安全に強い人づくり~
松本英治[(株)アイシン・コラボ]:「ものづくりカイゼン道場(基礎編)」企画のねらい
堀安吉城[(株)きらり]:ものづくり現場を担う人材の発掘・育成
 
あの事故を斬る!(1)
細田 聡:テネリフェの悲劇
海で働き海で生きる(4)
大橋信夫:夜間機関室無人運転(Mゼロ)
労働の鳥瞰・虫瞰(3)
石井まこと:福祉・介護労働者の賃金・労働条件はなぜ良くならないのか?
ILOこぼれ話(36)
川上 剛:本を作る
トピックス
木下壽國:孤独死と向き合う〈中〉
企業に生かすスポーツ心理学(25)
澁谷智久:心と身体
障害のある女性の社会参加 ILO:“Count Us In!”翻訳(2)
Nature & Humans監訳:〈第2章〉効果的なパートナーシップを築くために
オランダだより(13)
長須美和子:“楽しい探し”始めませんか?
知りたい てくのロジー(61)
増田忠英:電力供給の効率化をめざして~開発が進む「直流給電」技術~
産業安全保健エキスパート養成コースNEWS
産業安全保健エキスパート養成コース~第8期受講者の声<2>~
大原コレクション散策
『髪』エドモン=フランソワ・アマン=ジャン・作/柳沢秀行・解説
Cinema
百瀬しのぶ:年間出張322日のリストラ請負人が人生を見つめなおす問題作――『マイレージ,マイライフ』
からだいい“いいからかん”料理(49)
長須美和子・小田島玉惠:ピカピカ・コロコロ 新じゃがの味噌炒め!
Books
橋爪絢子:データで見る東アジアの家族観

 

俯瞰(ふかん):やさしいことばで伝えられるか  小関智弘

現代の名工に選ばれるような,すぐれた技能者は自分の奥深い技を実にやさしいことばで表現することができる人たちである。たとえば,オリンピックの砲丸投げで,三大会連続金銀銅メダルを独占したことで有名な辻谷砲丸は,他国製の砲丸とちがって投げた砲丸がカーブを描いて進むというロスがない。同じ鋳鉄を使って同じ大きさの球に削るだけなのに,なぜ老旋盤工辻谷政久さんが削った砲丸なら直進するのか。たとえば,と辻谷さん。
「湯口から湯(溶けた鉄)を注ぐと,不純物は球の下に溜まるよね。旋盤で削りながら,切削音と削った表面の肌の光沢の変化で,素材のなかのバラツキを察知して,球の重心と中心がぴたり重なるように削るのさ」。
 ギター好きなら誰でも知っている国産の矢入ギターは岐阜県にある小さなメーカー。サザンの桑田佳祐や長淵剛,宇崎竜童やビギンの比嘉栄昇も来た。海外からはポール・マッカートニーやデヴィッド・クロスビーも注文に訪れている。名工矢入一男さんは,世界中の森に入ってギター材を選ぶ。その木材を最低十年間は自然乾燥させる。矢入さんは言う。
「人工乾燥は,木の水分は確かに取るが,木の細胞が落ち着かないんだよ」。
 さらにギター材用に木取りをしてからと,ギターに組んでからと二度も,シーズニングルームのなかに寝かせて,何日も音楽を聴かせるという過程を経ないと出荷はしない。
「木が音に馴染み,音に共鳴するようになる」
と矢入さんは言う。
 辻谷さんの砲丸も矢入さんのギターも,いまのところその技を数値や記号で言い表すことはできない。いま一般に到達している技術では表現できないから,辻谷さんは切削音に頼り,矢入さんは細胞が落ち着くとか木が音に馴染むかどうかといった,自分の体のもつ感性に頼る。感性を大事にする。それを聞く門外漢のわたしたちは,技術知として教えられなくても,辻谷さんや矢入さんのやさしい表現になんとなく納得し,わかり,共鳴する。わかるだけではなく,そういうものづくりは楽しそうだなあと共感する。
 このようにやさしいことばで自分の持つ技能を表現できるのは,その人が技能というものに強い信頼感を抱いているからである。知識化された技術を絶対視せず,いまのところ知識化できないために身体を通してしか再生することが不可能な記憶としての技=技能の存在を信じているからである。
 先端産業と呼ばれるような現場で働く名工たちをたずね歩いても,その事情は変わらない。彼らの多くが,金属の不思議,火の不思議を言う。超高速プレス機や高速輪転機の素材になる鋳鉄などは,鋳造過程で送風する空気の温度や湿度まで勘案して「鉄が呼吸している」なんて言う。
 自分の技をとことん極め,とことん信じている人は,やさしいことばで技能を語れる。やさしいことばで語れるから,伝えられるので,やさしいことばで語れないような人は,その技能に未熟だと自覚したほうがいい。
(こせき・ともひろ=作家)