「労働の科学」64巻11号

     64巻(2009年)

11号目次

 

特集:高齢ドライバーと安全

俯瞰(ふかん)
金澤 悟[自動車事故対策機構]:「高齢者運転社会」到来への備え

北川博巳[兵庫県立福祉のまちづくり研究所]:高齢者ドライバーの運転と移動にやさしい社会
太田博雄[東北工業大学]:高齢運転者の安全教育
渡邉智之[愛知学院大学]:認知症ドライバーの現状と問題点~これまでの研究による知見から~
北島洋樹[労働科学研究所]:「高齢者に優しい車」は実現できるか?
作本貞子[大阪ヘルスケアネットワーク普及推進機構]:高齢職業ドライバーの健康を守る言

トピックス
中尾 智・和田耕治:米国CDCの職場向けガイドラインとわが国への展開
ILOこぼれ話(31)
川上 剛:小康社会と中小企業~中国のワイズ方式参加型トレーニング~
話題
奈良井理恵:中途視覚障害者雇用継続のために
Nature & Humans(6)
菅由美子:ダイアローグ劇 風と虹〈上〉
Talk to Talk
肝付邦憲:日だまり
産業医徒然語り(11)
ツァンイェイ:招き猫の研究
オランダだより(8)
長須美和子:シンタクラース(Sinterklaas)をお迎えに
知りたい てくのロジー(56)
増田忠英:自動車を情報収集のための“走るセンサー”に~「プローブカー」を利用した交通情報提供技術~
企業に生かすスポーツ心理学(20)
水野基樹:交流分析における人生脚本

大原コレクション散策
『陽の死んだ日』熊谷守一・作/柳沢秀行・解説
Cinema
百瀬しのぶ:失われた親子の絆の「再生」の物語――『千年の祈り』  
からだいい“いいからかん”料理(44)
長須美和子・小田島玉惠:ポルトガル出身Susana(スサナ)の バカリャウ(鱈)とポテトのグラタン!
Books
高橋祐吉:労働と福祉国家の可能性-労働運動再生の国際比較-(シリーズ・現代の福祉国家3) 



俯瞰(ふかん):「高齢者運転社会」到来への備え 金澤 悟

  わが国の「高齢化社会」の本格的到来は、65歳以上の老齢人口が総人口の30%を超える2025年頃と言われていますが、自動車交通の安全の面では、急速な高齢化の進行により深刻な影響が生じ始めています。65歳以上の高齢運転免許保有者は現在1,400万人と、運転免許保有者8,000万人の約18%を占めていますが、今後毎年150万人ずつ増加し、2025年頃にはその割合は40%を超えると見込まれています。ドライバーの5人に2人が高齢運転者という「高齢者運転社会」の到来は目前に迫っているのです。
 近年、関係者の熱心な取り組みもあり、交通事故死者数や事故件数は順調に減少を続け、昨年にはついに死者数は5155人と、ピーク時の3分の1以下にまで減少しました。しかし反面、高齢者の交通事故比率は急速に増加中で、昨年は50%近い交通事故死者が65歳以上の高齢者となりました。
 以前は、高齢者が事故に巻き込まれやすい理由は、急激に進展したモータリゼーションに対応できず、自動車の速度や危険性に無警戒なことが主因とされていました。しかし運転者にも高齢者の増えた今日では、その原因は、危険が迫っても回避できるという「高齢者自身の身体能力や運転能力への過信」も多いと言われています。私ども自動車事故対策機構(NASVA=ナスバ)では、運送事業での高齢運転者の増加傾向を踏まえ、全国で実施している講習や診断を通じ、運転者の自覚を促すような安全運転の指導方法の普及に特に力を注いでいます。
 今後「高齢者運転社会」が本格化しても自動車事故を再び増加させないようにするためには、さまざまな分野において関係者が今のうちから知恵を集め、実効ある交通安全対策を着実に講じてゆく必要があります。そして、そうした対策は、「ひと・みち・くるま」の全分野において、これまで以上に調和のとれた形で実施してゆかなければなりません。
すでに運転免許の更新時には、70歳以上の高齢運転者には講習が義務づけられ、75歳以上の運転者への認知機能検査も開始されました。しかし、高齢運転者の増加による道路交通の危険性増大に効果的に対処するには、こうした「ひと」の面での運転技量のチェック・再教育だけでなく、「みち」の面では、歩車道の分離や自転車道の整備、カーブミラー、信号機の整備・改良、「くるま」のハード面では、高齢者にも安全に運転できる事故防止装置の開発・普及など、幅広い関係者の連携した取り組みが必要です。
 近年各地で高齢者の免許証自主返納運動が、さまざまな特典の付与と一体で進められています。しかしこうした運動も、利便性の高い公共交通や質の高い地域医療と救命救急体制の整備などが伴わなければ、大きな成果は期待できません。運転技量の低下を自覚した高齢者が、自主的に免許証を返納しくるまを手放した後も、買い物・通院・レジャーなど基本的な日常活動には支障が生じない、そうした地域社会の形成が全国各地で強く望まれています。
(かなざわ・さとる=自動車事故対策機構・理事長)