64巻6号(2009年)

64巻(2009年)

6号目次

 

特集:がんばるな! 医療従事者

俯瞰(ふかん)
嶋森好子[慶応義塾大学]:労働環境と医療の安全

酒井一博[労働科学研究所]:医師の働き方をかえる 
出河雅彦[朝日新聞編集委員]:医師の働き方と慢性疲労 
松丸 正[堺法律事務所]:医師・看護師過労死の現状と労働法規 
千葉智子[横須賀市立うわまち病院]:小児科医として働きやすい労働環境とは 
特集関連トピックス
古田康之[亀田メディカルセンター]:第3回医療の質・安全学会学術集会報告 
吉川 徹[労働科学研究所]:日本医師会による勤務医の健康支援プロジェクトがスタート 

まさかの化学物質による健康障害と対策(11)
南 正康:サリンとその副生成物への被ばく〈2〉

ILOこぼれ話(26)
川上 剛:はじめてのアフリカ

産業保健スタッフの現場から(3)
石川浩二:過重労働対策と就業制限に思うこと

トピックス
尾之上さくら:横浜港開港150周年 時代とともに変わる港湾労働の未来〈2〉

Nature & Humans(3)
菅由美子:生活・労働の美

産業医徒然語り(6)
ツァンイェイ:復職時の診断書 立場が違えば…… 

企業に生かすスポーツ心理学(15)
山田泰行:仕事人間のアイデンティティとは?

オランダだより(3)
長須美和子:ワーヘニンゲンの“世界” 入学式とオリエンテーション

知りたい てくのロジー(51)
増田忠英:快適さとエコを両立させる“暮らしの足”~電動アシスト自転車の技術~

大原コレクション散策
『木を伐る人』フェルディナント・ホドラー・作/柳沢秀行・解説

Cinema
百瀬しのぶ:マイノリティ代表の政治家ハーヴィー・ミルクの生涯――『MILK』

からだいい“いいからかん”料理(39)
長須美和子・小田島玉惠:卵と玉ねぎの トロトロ・親子丼 

Books
肝付邦憲:教科書の文学を読みなおす

俯瞰(ふかん):労働環境と医療の安全  嶋森好子

 1999年に、米国医学研究所(IOM)は “To Err is Human”(邦題:人は誰でも間違える、日本医学ジャーナリスト協会訳、日本評論社、2000年)と題する報告書を出した。この報告書は、米国で1年間に医療事故で死亡する数が、交通事故や乳がんで死亡する数より多く、より安全なシステムを構築して安全確保を図る必要があると指摘している。当時のクリントン大統領はこの報告を受け、医療安全確保に着手するよう連邦政府に指示した。日本でも1999年に重大な医療事故が発生し、マスコミが大きく取り上げたが、事故を起こした医療者の不注意や倫理感のなさを非難する記事が多かった。日米同時に医療安全確保に大きな課題があることが明確になり、この報告書が契機となって、個人よりもシステムの問題として事故防止対策を検討する考え方が定着してきた。
 続く2003年にIOMは、米国の医療の質と安全確保を図るための三つめの調査報告書として、“Keeping patients safe”(邦題:患者の安全を守る、井部俊子・日本医学ジャーナリスト協会訳、日本評論社、2006年)」を出した。この副題が、“Transforming the Work Environment of Nurses”(邦訳:医療・看護の労働環境の変革)である。この報告書の紹介記事では次のように述べている。「看護師はすべての場面において患者と最も頻繁に接する医療専門職であり、彼らの行為――患者の健康状態の持続的モニタリングなど――はよりよい患者アウトカムに正に相関している。感染、出血、および心肺停止の増加は、不適切な看護要員数に関連しているということが複数の研究で示されている。また、医療過誤を防いでいるのも看護師である。たとえば、二つの病院を対象として行われたある研究では、誤薬の86%が看護師によって未然に食い止められていたことを明らかにした」
 この報告書が示すように、米国では医療安全のために看護師の労働環境の変革が最も重要だとしている。日本では現在、それに加えて医師の過重労働が大きな問題となっている。2007年に第2回医療の質・安全学会学術集会が開催され、筆者が企画したシンポジウムで、小児科学会が行った調査結果が紹介された。これによると、小児科医師の週平均労働時間は60時間を超えている。特に若手の医師は70時間を超える者もある。産婦人科領域でも当直回数が多いなど過重労働のため、分娩受け入れを中止せざる得ない診療所もあるとのの報告もあった。これまで、医師は専門職として裁量労働制が適応されているとの認識があった。近年、医療が高度化し効率的な医療提供が求められ中、自分の裁量で自由な時間が確保できる医師は皆無に等しい。そのために労働環境の厳しい小児や産婦人科および救急医療の領域を希望する医師が減少している。これにより地域医療の確保はより困難となっている。今こそ、医療現場の労働環境の変革が医療者と医療を受ける者の安全を確保し、地域医療の崩壊を防ぐ手立てとなることを確信して、労働環境の変革を図ることに取り組む必要がある。
(しまもり・よしこ=慶應義塾大学看護医療学部・教授)