研究活動
- 部長 北島洋樹
- 副部長 毛利一平
研究活動の概況
2007年度(平成19年度)研究事業計画における研究活動の新機軸,1.人と環境のインタラクション,2.ワークライフバランス,3.リスクアセスメント,の観点から研究活動が実施され,多面的な成果をあげた。
人と環境(機器,装置,組織)の相互作用に注目し,ヒューマン・マシン・インタフェース~事故分析,および労働組合に関する研究までを包括的に実施した。
数年来重点的に取り組んできた慢性疲労研究や運転労働における事故要因の分析において,ワークライフバランスの視点の重要性を強調した研究を実施した。
リスクアセスメントにおいては,環境リスクのみならず,組織リスクという観点から,組織事故や健康マネジメントの研究を実施した。
1.人と環境のインタラクション
1)パソコンディスプレイやテレビの過度の明るさが,視覚負担要因であることが指摘されている。反面,負担を少なくするために明るさを抑えすぎると,映像の本来の魅力が減じることも懸念されている。本研究では,40インチのディスプレイに明るさの異なる2枚の静止画を連続呈示し,その時の「明るさ感」と「表現力」を評価させて,両者のバランス点を見いだすことを目的とした。実験参加者(観察者)は,若年者群11名,高年者群11名の計22名であった。明るさ感の評価と,明るさ感と表現力のバランスに置いて,年齢群の差が明確であった。
2)昨年実施した,自動車シミュレータを用いた緊急時のブレーキ操作の特性についての調査に引き続き,今年度は,通常走行時(市街地走行時)のブレーキ操作を中心とした運転操作に関するデータを収集し,緊急時と通常時の特徴を比較した。昨年同様,高年齢群(60歳以上:E群),中年齢群(30~59歳:M群),若年齢群(18~29歳:Y群)の3年齢群について分析した。停車を確実に予測しているか否か,後続車によって煽られるか否か,普段のブレーキ習慣(踏み回数,踏み強さ,など)がブレーキの踏み方に影響していることが明らかになった。
3)病院におけるITシステムが,業務遂行の過程でどのように活用され,安全確保及び事故防止にいかに寄与しているかを解明することを目的として,ITシステムの導入されていない心臓循環器の専門病院と,ITシステムが導入された中規模一般病院の2つの病院において,事故事例の解析,看護師の業務観察,アンケート手法による安全文化調査,医療提供の患者満足度調査を行った。
ITシステムの導入前の病院では,インシデント・アクシデントの背景に,口頭指示による指示・情報伝達の問題,記録や情報の転記による読み違え,実施と押印や記録時間の誤差が生じること,情報伝達・記録・作業ルールの統一が不十分であるという結果が示された。しかし,同様の問題がITシステムの導入された病院においても指摘されたことから,ITシステム導入は過渡期にあり,その場合は医療安全性確保のために,以下の方策などが重要であると思われた。①帳票類の相互連動の促進により作業の煩雑さを解消する,②業務ルールの整備により指示・情報伝達,記録,作業手順を明確にする,③職種間の安全意識のギャップ解消のために医師と看護師間の業務ルールを統一することで指示・情報伝達の齟齬を防ぐ。
4)ある組織で発生したヒューマンファクターに関連するトラブル事例について,実際にRCA(Root Cause Analysis: 根本原因分析)法を用いた分析を実施することにより,本分析手法を実施する際の効果的なアプローチ方法を探求した。なお,RCA法の適用は,当該組織のメンバーと合同チームを構成して行った。
まず,当該事象の関係者10名程度に対し面談調査を行い,経歴,当該業務概要,当該日とそれに関連する数日間の業務内容,事象の流れ(客観的状況),主観的状況,普段の状況,事象に対する考えなどの情報を収集した。実際の事例にRCA法を適用した経験から,今後RCA法を活用する際に重要となるポイントを,事故調査体制の構築,初期調査,データ分析時の観点,調査結果のフィードバック方法のそれぞれについて検討・整理し,提言した。
5)病院の職場環境改善等の取り組みから医療従事者の安全確保と健康支援方法を検討した。民間の地域中核病院(600床)で,メンタルヘルス対策に重点をおいた職場環境改善プログラムを開発・実施した。産業医と看護部,各診療部の担当者によるタスクグループにより, 目的明確化/方針宣言/組織作り/改善促進担当者育成/各職場リスクアセスメントの場面設定と実施/フォローアップと職場交流の各ステップを計画・実施した。最終的に取り組まれた改善は,医療ミス防止,業務効率化,働きにくさ改善などの医療従事者の安全健康支援との同時改善であった。
2.ワークライフバランス
1)疲労が回復していると考えられる休日明けに業務用自動車の重大事故件数が多いとされている。本研究では,休日明け初日の自動車事故の要因についてワークライフバランスの観点も含めて分析した。運輸局に提出された事故報告書を分析資料として,連続勤務日数と事故件数の関係に関して,事故の種類やドライバーの経験年数などのグループで比較するクロス集計による分析を実施した。重大事故を経験した運転者に対する質問紙調査を実施した結果,平日の睡眠時間が短い運転者においては,休日明けの事故増加は明瞭ではなかった。この結果は,睡眠が短いと勤務の連続に伴う疲労の蓄積的影響が優勢になって休日明けの事故増加が見かけ上減弱するとも解釈できる。休日の過ごし方や生活時間に関する調査などを継続して,さらに検討を進める必要がある。
2)慢性疲労に関する多角的な研究を実施した。
3.リスクアセスメント
1)建築物の解体作業現場や一般環境においても,石綿による健康障害のリスク管理のための石綿濃度測定は重要である。石綿の種類を同定できる方法として近年,分散染色法の普及が進み,繊維状粒子の色(分散色)の観察によって石綿種の同定を行うが,観察標本に用いられる浸液の屈折率が温度で変化し分散色を変えてしまう可能性がある。そこで浸液の標準の温度である25℃からの変化が石綿粒子の分散色へ,どの程度の影響を及ぼすか調べたところ,浸液の温度変化が25℃±1~2℃の範囲であれば石綿粒子の分散色に明確な変化は観察されず,JIS規格などと同様の色を観察できることが確認された。今後,建材中の石綿粒子を含めた多くの石綿試料について検討,比較する。
2)トラブル防止対策の実行可能性を高めるため,現場での日常活動の中にトラブルを誘発する要因を見出し,その日常活動の中に防止対策を位置づける必要がある。本年度は保修工事計画作成過程に注目し,日常業務の遂行過程を記述・表現方法を検討するために,保修業務の経験者若干名について,保修業務の内容・手順,作業のキーポイント,現状の問題点等を中心に聞き取り調査を実施した。その結果をもとに,認知的作業分析(CTA:Cognitive Task Analysis)手法により,「プロセスダイアグラム」および「概念地図(Concept Map)」の作成を試みた。
II 受託研究調査
1 国土交通省自動車交通局 タクシーと二輪車の事故の分析とその事故防止対策に関する調査研究2 環境調査研修所 「石綿マニュアル法研修」講師派遣
3 川崎市教育委員会 平成19年度産業医等による学校給食調理場の職場巡視
4 川崎市役所総務局職員厚生課 労働安全衛生研修
5 川越市教育委員会 菅間学校給食センターにおける作業負担・作業環境に関する調査研究
6 独立行政法人自動車事故対策機構 名古屋主管支所 「運転者の休日明け初日の自動車事故の要因調査・防止方策等の検討について」に係る調査研究
7 ILOバンコク事務所 アジア(各国)における労働安全衛生関連施策のレビュー
8 財団法人国際労働財団 JILAFホームページに掲載するPOSITIVE紹介内容の更新,POSITIVE良好実践事例集の作成
9 地方公務員災害補償基金高知県支部 「平成19年度針刺し事故予防対策実地研修」及び「針刺し事故を発生させない技術の研究会」への講師派遣
10 日本原子力発電株式会社 ヒューマンファクター応用コース講師派遣
11 日本原子力発電株式会社 「運転管理コース」研修
12 三菱自動車工業株式会社 ドライバの通常走行時運転行動調査
13 三菱自動車工業株式会社 緊急時の初期情報提供の適性化に関する研究
14 三菱自動車エンジニアリング株式会社
①ドライバーの覚醒状態の評価に関する文献調査
②運転中のパニックに関する文献調査
15 全国モーターボート競走会連合会 適性検査240名
16 三菱製紙株式会社 安全教育講師派遣
17 中国電力株式会社 「モラル教育」研修
18 株式会社フジEAPセンター 人事部対象「メンタルヘルス対策研究会」における支援
19 國學院大學 「日本の経済」等アンケート調査票集計
20 東京ガス株式会社 作業環境調査
21 東京ガス株式会社 エネルギー生産本部安全文化評価
22 関西電力株式会社 小規模建築工事におけるハットヒヤリ事例の集計・分析(その2)
23 関西電力株式会社 平成19年度 ヒューマンファクター(安全意識・モラル)に関する研修
24 社団法人火力原子力発電技術協会 火力発電所における安全文化調査
25 本田技研工業株式会社 組立作業における上肢作業負担の数値限界に関する実験
26 株式会社日立製作所 FPDの明るさ制御に関する人間工学的評価
27 新日本製鐵株式会社 安全に関わる意識調査
28 株式会社原子力安全システム研究所 ヒューマンエラー分析手法等に関する調査
29 株式会社原子力安全システム研究所 関西電力の保守不良の対策検討調査
30 株式会社テクノバ 昼寝椅子の最適角度の検討および睡眠評価
31 東電環境エンジニアリング株式会社 安全意識調査業務(ステップ2・3)及び不適合事象分析調査
32 株式会社協和エクシオ 安全性向上に関わる調査
33 その他 講演等77件
III 競争的研究資金による研究
1.文部科学省・独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金慢性疲労の発現・進展・回復プロセスの機序解明と予防に関する労働科学研究(文部科学省;特定奨励費) 前原直樹
針刺し切創対策を通じた職業性血液性感染リスク低減の効果評価に関する研究(文部科学省;若手研究(B)) 吉川 徹
安全文化構成モデルの開発(文部科学省;若手研究(B)) 奥村隆志
連続的な長時間過密労働による睡眠不足状態が循環器機能に及ぼす影響(文部科学省;若手研究(B)) 松元 俊
グループワーキング手法を取り入れた介護労働従事者の負担軽減に関する研究(文部科学省;若手研究(B)) 松田文子
看護師の最適なワークライフバランスの構築のための両立支援体制に関する基礎研究(文部科学省;若手研究(B)) 水野有希
中国におけるプラントシステムの安全確保に必要な技術的基盤構築に関する調査研究(独立行政法人日本学術振興会;基盤研究(B)(海外)) 小木和孝
医療事故防止のための対策指向モニタリングシステムの有効性に関する国際共同研究(独立行政法人日本学術振興会;基盤研究(B)(海外)) 酒井一博
非保健職である人事部門が実効的な過重労働対策を行うために必要な条件の解明(独立行政法人日本学術振興会;基盤研究(C)(一般)) 鈴木安名
労働市場の再編と大企業における企業横断的労働組合(独立行政法人日本学術振興会;基盤研究(C)(一般)) 赤堀正成
2.厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金
ITを活用した医療事故防止対策の効果に関する研究
(医療安全・医療技術評価総合研究事業) 前原直樹
職業性ストレス簡易調査票及び労働者疲労蓄積度自己診断チェックリストの職種に応じた活用法に関する研究
(労働安全衛生総合研究事業分担研究) 酒井一博
3.文部科学省 科学技術振興調整費
新興分野人材養成 産業安全保健エキスパート養成コース
(科学技術総合研究委託) 酒井一博
IV 研究調査の内容
1.人と環境のインタラクション1-1 機器・情報システム
(1)ディスプレイの明るさ制御に関する基礎的研究
パソコンディスプレイやテレビの過度の明るさが,視覚負担要因であることが指摘されている。静止画を用いた先行研究では,表示画像の平均輝度レベルに応じた輝度制御を行うことにより,視聴後の疲労を減じさせる効果が確認され,実用化もされている。本研究は,一般的な映像コンテンツが動画であることに注目し,動画の特徴である平均輝度レベル(Average Luminance Level:ALL)が急激に変化する条件において,過度のまぶしさを生じさせず,適度な明るさ感と映像としての魅力を感じさせる明るさ制御についての基礎的知見を得ることを目的とした。40インチLCD(表示輝度は全黒(ALL0)4.2cd/㎡,全白(ALL100)398cd/㎡)と画像ボードを組み込んだ制御用パソコンを用いた。1980×1080サイズの高解像度画像37枚を用い,第1画像と第2画像のALLの差が5~90の範囲でほぼ対数的に分布するように2枚ずつ組み合わせた。実験参加者(観察者)は,若年者群(平均年齢21.1歳,SD2.3歳:Y群),高年者群(平均年齢57.5歳,SD7.0歳:E群),各男性5名,女性6名の計22名であった。先行研究に基づき,観察距離や画面照度などの観察条件を調えた。
第1画像→第2画像(各5秒)を呈示し,「明るさ感」,「光の表現力」,「明るさ感と光の表現力のバランス」の3点について5段階で評価させた。「明るさ感」については年齢群間の差が明確であり,Y群では第2画像ALLの増加に伴い評価値が上昇した。E群では下降条件でALLの増加と評価値の関係は明白でない。これは,若年者に比べ,高年齢者は明順応に時間を要するという特性の現れと思われる。尚,E群の数名において,ALLが急激に低下する下降条件にも係わらず,第2画像に一部高輝度部分がある画像では「明るさ感」4,5の反応が見られた。これは加齢によるグレア感受性上昇の影響と考えられる。Y群,E群共にALLの変化が少ないほどバランスが良いと判断される傾向があったが,E群ではその傾向がより顕著であり,ALLの大きな変化が好まれないことを示唆した。
これらの年齢に依存した反応特性を考慮した輝度制御についての更なる検討が必要である。
(2)IT技術を活用した医療事故防止対策の効果に関する研究
病院におけるITシステムが,業務遂行の過程でどのように活用され,安全確保及び事故防止にいかに寄与しているかを解明することを目的とした。本研究でのITシステムとは,対象病院で採用されていた,カルテおよびオーダリングシステムの電子化を指した。
ITシステムの導入されていない心臓循環器の専門病院と,ITシステムが導入された中規模一般病院の2つの病院において,事故事例の解析,看護師の業務観察,アンケート手法による安全文化調査,医療提供に対する患者満足度調査を行った。
その結果,ITシステムが医療安全に寄与する点として以下の8項目が挙げられた。1.帳票類の入力や指示出しの方法の統一による作業の標準化がなされる,2.作業の標準化により効率化がなされる,3.情報の共有化がなされる(スタッフが誰でもどこでも情報を得られる),4.インシデント・アクシデントに対して再分析可能な医療記録が得られる,5.記録が残ることで事故トラブルの防止に役立つ,6.指示や記録の読みやすさの向上,7.記録形式の統一で読み違えが減る,8.ポータブル端末により記録がどこでもできるようになる。
ITシステムの導入前の病院では,インシデント・アクシデントの背景に,口頭指示による指示・情報伝達の問題,記録や情報の転記による読み違え,実施と押印や記録時間の誤差が生じること,情報伝達・記録・作業ルールの統一が不十分であるという結果が示された。しかし,同様の問題がITシステムの導入された病院においても指摘されたことから,ITシステム導入は過渡期にあり,その場合は医療安全性確保のために以下の3点を優先する必要が示された。1.帳票類の相互連動の促進により作業の煩雑さを解消する,2.業務ルールの整備により指示・情報伝達,記録,作業手順を明確にする,3.職種間の安全意識のギャップの解消のために医師と看護師間の業務ルールを統一することで指示・情報伝達の齟齬を防ぐ。
(3)組み立て作業における上肢作業負担の数値限界(エルゴガイドライン)に関する実験
強い力の発揮や不適切な姿勢がない場合でも上肢の筋骨格系障害が生じ得ることが指摘されている。中でも製造業における指の押す・摘む・捻ることを要する長時間の反復性の組み立て作業は,上肢の健康障害を増強させる低強度の作業である。このような反復作業では,皮膚・関節・腱・靱帯などの痛みが想定されるが,いずれも主観的な訴えであり,客観的検査でそのような所見を確認することは困難とされている。本研究では,拇指の発揮力の許容限界値(MAL)とその要因をモデル実験と生体力学的解析により明らかにし,力の許容限界に着目した評価方法について検討した。実験は自動車の組み立てラインの作業状況を模擬した状況にて,力覚センサを用いて拇指の押し力を測定した。その際,繰り返し回数および押し方向の影響についても評価できるように実験計画を立案した。MAL測定の手順は,Johnsonの研究(2001)に従い,2時間連続して繰り返して押し作業を行うことを前提に,被験者自身に力を調節してもらうように教示した。得られた結果は一般線型モデルで解析し,文献値を加えて,個体要因(性別・年齢・体重・手の左右差)と作業要因(作業方向・経験の有無・繰り返し回数)を考慮したMAL推定式を得ることができた。今後,現場適用を検討するためには,経験者のデータを収集し,経験者にとって最適な補正係数を求めることなどが課題となった。
1-2 組織・職場環境
(1)組織における安全文化についての評価と改善のための措置・施策の提言
平成19年度ではここ数年に渡り,取り組んできた「安全を確保するための仕組み」を評価する「安全文化評価ツール」(SCAT:Safety Culture Assessment Tool)を1団体2企業(発電関連業,建設業)の計17事業所において実施し,組織の安全管理体制に関する調査を行った。具体的には,SCATによる問題点(安全確保のための仕組み,安全態度や安全行動,安全態度や安全行動の共有性という観点から)の抽出を行った。
そのうち,1団体(3企業)は発注者,受注者,下請会社の3階層にまたがり実施し,3階層間の安全管理・体制に関連する質問項目を追加して実施した。この結果については,今後,会社間の安全管理・体制の評価指標を検討する上での素材を得られたといえる。引き続き,本団体において9企業での実施を予定している。
また,1企業8事業所ではSCAT調査を含め,組織の安全管理体制に関する調査を行った。第1ステップとしてSCATによる問題点(安全確保のための仕組み,安全態度や安全行動,安全態度や安全行動の共有性という観点から)の抽出を行い,第2ステップとしては,上記調査結果に基づき,対象組織の3層にわたる従業員に対して,調査の妥当性も兼ねた面接調査を行った。以上の結果に依拠し,当該事業所における安全管理および従業員の作業遂行上の諸問題に対して問題点を指摘するとともに,その改善対策案も提示した。さらに,調査結果および提示した改善案の有効活用の視点から,当該組織の安全管理スタッフおよび現場で具体的に展開し得る実行プランを当該事業所と共同して策定している段階であり,これらを次年度の年次安全活動の計画に組み込み,計画された活動がいかに機能しているか経時的調査を実施する予定である。
以上のように,本調査では調査結果に対する報告に留まらず,ある組織の安全管理体制を検討そして再構築するという手法をも得たという点では成果の大きいプロジェクトであったといえよう。
(2)組織における安全体制を事前評価および事後評価の両視点から評価する試み
ある企業の1事業所を対象に企業が有している安全体制を2つのアプローチにより評価する試みを平成18年度から2年間にわたり実施している。2つのアプローチとは安全文化評価ツールによる事前評価と実際に発生した事例の事故分析調査による事後評価である。
初年度は安全文化評価ツールにより,組織の安全管理・体制に関わる問題点(安全確保のための仕組み,安全態度や安全行動,安全態度や安全行動の共有性という観点から)の抽出を行った。今年度は前年度の調査計画に基づき,状況認識(Situation Awareness)法による事故分析を実施し,事故要因の因果関係を明確にした上で,昨年度のSCAT結果と合わせて本事業所の安全管理・体制について評価した。
結果,事故分析調査より当該事業所内における脆弱点に留まらず,発注元との関係において業務範囲の不明確さや新システム導入時のボトムアップ不足という外部要因が浮き彫りになった。この点については,SCAT調査においてもボトムアップ経路や協力会社との契約等の評価項目結果が低く,背景要因として発注元との関係性が抽出され,両アプローチ結果の整合性が図れた内容であったと言える。以上のように,全体的に2つの調査の分析結果を俯瞰すると,背景要因としては両結果とも類似する点が多く,アプローチこそ異なるものの当該組織の安全管理・体制の脆弱点について提言できたと言える。
2年に及ぶこの調査は,組織の安全管理・体制を異なった視点から評価することで,両者の結果の妥当性を検討する上でも重要であったと言える。
(3)トラブル分析へのRCA法の適用に関する研究
ある組織で発生したヒューマンファクターに関連するトラブル事例について,実際にRCA(Root Cause Analysis: 根本原因分析)法を用いた分析を実施することにより,本分析手法を実施する際の効果的なアプローチ方法を探求した。なお,RCA法の適用は,当該組織のメンバーと合同チームを構成して行った。
まず,当該事象の関係者10名程度に対し面談調査を行い,経歴,当該業務概要,当該日とそれに関連する数日間の業務内容,事象の流れ(客観的状況),主観的状況,普段の状況,事象に対する考えなどの情報を収集した。次に,面談調査によって得た1次資料を基に時系列表を作成した。日時,当該組織における事象,それに加えて当該事象に関わった人毎に客観状況,主観状況,普段の状況が明確になるように整理した。続いて,事象を整理した時系列表から,数名の研究者で問題要因を抽出した。この際,状況認識法的視点も用いた。また,日常の作業状況や部署間の情報送受状況などに関する情報からも,各問題要因の背景要因を抽出した。さらに,分析チームで検討を重ね,抽出された問題要因とその背景要因を整理し,本事象との関連度合いや重要性について検討しつつ,RCA図を作成した。RCAの因果関連図が作成困難箇所については,必要に応じて補足調査を行った。RCAの完成後,挙げられた根本原因に対し,対策の方向性を検討し,提言した。
最後に,実際の事例にRCA法を適用した経験から,今後RCA法を活用する際に重要となるポイントを,事故調査体制の構築,初期調査,データ分析時の観点,調査結果のフィードバック方法のそれぞれについて検討・整理し,提言した。
(4)建築工事におけるヒヤリハット事例の集計・分析
「ヒヤリハット活動」は,職場の小集団活動の一つとして,日常的な危険体験(ヒヤリハット)を記録させることを中心に展開されてきた。これは参加型自主活動という発想に基づいている。活動のねらいは,職制による強制的な安全管理に依らず,作業者自らに自己の不安全行動や作業遂行中の不安全条件を発見・意識させ,構成員の相互チェックに基づいて安全手順を遵守し,手軽に実行可能な不安全条件の排除(整理・整頓など)を励行していくという点にある。すなわち,原因の究明から対策の実行までを集団の自主的活動に任せて,その中で完結させるということである。
しかしながら,実際に行われているヒヤリハット活動は,作業者の注意力に期待する(例えば,足元に注意する)等の対処療法的な対応に終始したり,作業者に提出させるだけでフィードバックの実施がなかったりしがちである。そこで,より効果的なヒヤリハット活動の推進への支援を行うため,ある建設工事現場で取り組んでいるヒヤリハット活動を対象に,事例の収集・分析・活用方法について研究した。
平成19年度は,まず平成18年度に整理・統一した記入票の使い勝手や,活動の浸透状況について,作業現場でヒアリング調査を行い,そこで得た意見を反映させて新記入票を作成した。続いて,新記入票を用いてヒヤリハット事例を収集・集計・分析し,作業員が報告したヒヤリハットについて,場所・設備・時間・作業形態・作業環境等との関係を把握した。この結果から安全管理上のポイントを抽出し,現場への効果的なフィードバック方法について検討し,提言を行った。
さらに,ヒヤリハット活動の収集・分析・現場へのフィードバックの各過程について,運用方法のポイントを検討し,上記分析結果とあわせて提言した。
(5)針刺し切創対策を通じた職業性血液性感染リスト低減の効果評価
針刺し切創防止には安全な器材や作業環境,手順の標準化など重要とされ,職員の安全確保に関する方針や針刺しを報告風土などの安全文化の役割について関心が高まっている。そこでH19年度の研究の一部として針刺し経験の有無,管理職/非管理職の相違によって安全文化評価結果が相違するか評価した。
地域中核病院の看護師(480名)を対象に自記式質問票調査「針刺し切創防止に関する職場組織の安全文化(Workbook for Designing, Implementing, and Evaluating a Sharps Injury Prevention Program, Appendix A-2, CDC, 2004の日本語訳,吉川ら)」の尺度10項目をそれぞれ5件法にて回答を求めた。有効回答415名(回収率86.5%)を対象に各項目得点を分析・比較した。
9つの尺度で平均得点が対策への好意的な評価としての指標基準の3.0を超えた。針刺し経験有無別比較では「職員安全の優先度」のみ針刺し経験群でスコアが低く有意差を認めた。管理職/非管理職間の比較では「安全課題の重視度」「充分な廃棄容器」「安全器材」「ミス・危険報告の推奨」「管理部門の迅速な対応」はいずれも管理職群は非管理職群でスコアが高く有意な差を認めた。「職員安全の優先度」「人事考課」「管理部門と職員が一丸」「トレーニング機会」「報告しやすさ」では差がなかった。管理職/非管理職,針刺し経験の有無が安全文化評価尺度結果に相違を与える。今回の対象病院では針刺し切創予防は環境整備に比して安全への総合的取り組みとトレーニングとの相対的遅れが指摘できた。介入優先課題として 1)現場の作業者のニーズにもとづく針刺し切創防止の器材や設備の普及,2)針刺し切創経験者への個別のアプローチでなく組織的対策の積極的推奨が重要,3)非管理職,針刺し切創経験者が参加できる防止計画の作成が重要と指摘できた。安全器材の効果評価研究,国内229病院の針刺し切創プログラムに関する評価研究等の成果を国際学会などで報告した。
(6)手術室における針刺し切創事例の報告率と未報告理由
手術室では血液・体液曝露機会が多い。しかし手術室では職業感染リスクが過少評価されやすく,針刺し切創は過小報告の傾向が指摘されている。一方,本邦でも手術室の針刺し切創の知見は限られており,たとえばニュートラルゾーンの導入やダブルグローブの推奨後に針刺し切創数が増加した際,対策の効果がなかったのか,もしくは職業感染の認識があがって報告率があがった結果なのか,対策介入後の受傷事例件数の解釈に困難を来たすことが少なくない。本研究では手術室での針刺し切創による皮膚損傷の発生数と報告率,未報告の理由等について質問紙調査を用いて後ろ向き調査を行い知見を得た。
大学第2外科学教室臨床外科共同研究会に参加している21病院(関西地区)の手術室に勤務する医療従事者440名(看護師)を対象に,無記名式質問紙により過去1年の針刺し切創経験の有無の回答を求め,結果を分析した。調査は2006年9月に行い2007年に解析分析を実施し2007年4月の日本産業衛生学会で報告した。
回答は324名(女296名,男28名,回収率73%)で,平均33.1歳,平均経験年数11.4年,管理職/非管理職は33/261名,夜勤あり/なしは161/154件。過去1年の針刺し切創の経験ありは25%(79/319),なしは75%(240/319)で,経験年数が低い群(2年以下),夜勤勤務がある群でその発生が高い傾向にあった。過去1年の血液・体液が付着した鋭利器材による針刺し切創(汚染血液針刺し)経験者は63名で,単回受傷(1回のみ)は70%(44/63),複数受傷(2回以上)は30%(19/63),汚染血液針刺しの報告率は62%(39/63)であった。現在の実施対策は,1)受け渡し時の声かけ(231件),2)ダブルグローブ(170件),3)鈍針の利用(89件),4)セッシで鋭利器材を取り扱う(71件),5)ニュートラルゾーンの設置(56件)などであった。対象病院の手術室における汚染血液針刺しの報告率は62%で従来指摘(15-20%,厚労科学研究2002木村班)よりも高いことが確認された。結果解釈には思い出しバイアスの考慮が必要である。未報告理由から,重篤度を考慮した報告基準,報告手順確立と目的周知,事例分析と現場へのフィードバックなどが今後の対策介入効果評価研究等に重要と示唆された。
(7)病院で発生した針刺し切創事例の分析による医療鋭利器材の医療従事者傷害特性
医療現場で使用される注射針やメス,ガラスなどの鋭利器材により,針刺しや切創が発生し,その結果,HIVやC型肝炎ウイルスなどの血液媒介病原体が皮膚から侵入して重篤な職業感染症を発生することが知られている(以下針刺し切創)。本研究では針刺し切創事例を傷害予防理論に基づき分析して,針刺し切創を発生させている鋭利器材の傷害特性(どのようなときに,どのような針刺し切創を生じやすいか)を検討した。そして針刺し切創予防のための安全工学技術開発について考察した。8病院で12ヶ月間に発生した針刺し切創事例を,その発生メカニズムに注目して分析した。具体的には2003年4月1日から2004年3月31日までに某自治体公立病院で発生した公務災害・労働災害(公災・労災)記録の記載事項から,教育された1名の研究者(医師)が必要な情報を読み取り,エピネット日本版3)(Epysis109,職業感染制御研究会)を用いて針刺し切創事例の電子データベースを作成した。原因鋭利器材別に,作業手順の整理を試み,職種や発生状況などの分析を行った。原因鋭利器材別の使用者(医療従事者)の針刺し切創発生パターンを分析し,その傷害特性と予防戦略視点を整理した。その結果,2003年4月1日~2004年3月31日に公立8病院(総病床数5,826床)で計200件の針刺し切創の公災・労災の記録があった。受傷原因器材には職種で特徴がみられた。医師と看護師では受傷原因器材の種類が異なり,看護師で報告されている薬剤充填注射針(インスリン皮下注射等),ランセットによる受傷報告は医師にはなかった。一方,器材の種類とその使用手順(医療処置手順)のパターン分析と,手順ごとの針刺し発生状況は,器材ごとに受傷機会の相違があった。針刺し切創事例の分析から,器材特性に応じた職種別の針刺し切創予防策提案が実施可能と示唆された。また,原因鋭利器材に注目した分析から,器材別の針刺し切創予防戦略が整理された。すなわち,静脈留置針は使用後から廃棄までの過程で発生していることから,使用後の受傷を減らす工学的技術改善,廃棄環境の改善の優先度が高く,翼状針では使用状況が多岐にわたることから,上記に加えて,取り扱い方法改善が重要と示唆された。縫合針は使用中の受傷が多いことから,手術中の縫合針の取り扱い方法の改善,受傷しても皮膚損傷を生じにくい工学的対策が必要と考えられた。器材ごとで針刺し切創を生じるパターン,メカニズムが異なることから,受傷特性に応じた安全工学技術を開発する必要がある。すでに国内では安全工学技術が応用された針刺し切創防止機能つき製品が市販され普及が進んでいる。さらなる活用と普及,受傷特性を予防できる新たな製品の開発も期待される。また,本手法のような有害事象の事例分析手法は,他の医療器材などによる有害事象の発生メカニズム分析に応用可能と考えられる。医療現場で利用される注射針やメスは針刺し切創(事故)の原因器材となる。公立8病院で12ヶ月間に発生した針刺し切創事例200件を,受傷者の職種,針刺し切創原因鋭利器材の種類,使用目的・手順,その発生メカニズムについて分析した。受傷原因器材により針刺し切創の発生パターンが異なり,器材の構造特性が針刺し切創発生へ関与していることが示唆された。静脈留置針と翼状針は工学的改善と廃棄環境改善,縫合針は工学的改善と鋭利器材の取り扱い方法の改善がその予防のために重要と指摘された。
(8)病院における対策指向型職場環境改善活動による職場改善事例の分析
病院の職場環境改善等の取り組みから医療従事者の安全確保と健康支援方法を検討した。民間の地域中核病院(600床)で,メンタルヘルス対策に重点をおいた職場環境改善プログラムを開発・実施した。産業医と看護部,各診療部の担当者によるタスクグループにより,目的明確化/方針宣言/組織作り/改善促進担当者育成/各職場リスクアセスメントの場面設定と実施/フォローアップと職場交流の各ステップを計画・実施した。11ヶ月間の改善活動を通じて,実施職場改善事例の分析,職場環境改善の実施プロセス評価を行ない,医療従事者の安全健康支援ステップについて考察した。
介入11ヶ月後には1.安全確保対策・人間工学的改善(包交車・検査器具・資材庫の整理整頓/多段棚導入/ラベル表示/作業台設置等), 2.労働時間・勤務時間の再検討(交代制の変更/休憩時間の確保),3.職場内外コミュニケーションの促進(申し送り改善/リハ科と病棟の送迎調整)など85件以上の改善が行われた。改善プロセス評価では,1.段階を追った支援,2.多面的な低コスト改善とツール提供,3.現場の自主性重視が重要なステップと認められた。検討課題として自主的改善へのイニシアティブ支援のための時間の確保,事例報告会の定期開催,担当者の負担感軽減を伴う手順の標準化などがあげられた。
取り組まれた改善は,医療ミス防止,業務効率化,働きにくさ改善などの医療従事者の安全健康支援との同時改善であった。本研究の要旨は日本産業衛生学会(大阪,4月),日本総合病院精神医学会(札幌,12月)で報告した。
(9)清掃労働者における腰痛の訴えと腰痛に関連した欠勤状況
清掃職場における腰痛の訴え(腰痛有訴率)と腰痛に関連した欠勤状況を明らかにするため,全国自治体職場の清掃職員6,675名と事務職員1,200名を対象に自記式質問紙調査を行った。調査は2005年11月-2006年1月に実施し,解析および報告を平成19年度に実施した。清掃職員5,046名(有効回答率75.6%)と事務職員725名(有効回答率60.7%)から回答を得た。腰痛の訴え(有訴率)は清掃職員では68.8%(3,550名/4,866名),事務職員では51.1%(365名/712名)だった。腰痛既往のある対象者のうち,調査日から遡って過去一年間に腰痛が理由で欠勤を経験したもの(以下,腰痛による欠勤経験)は,清掃職員では29.0%(1,062名/3,657名),事務職員では15.8%(63名/398名)に認められた。事務職員と清掃職員の腰痛による過去一年間の欠勤経験の有無に関する性・年齢調整後オッズ比は1.95(95%信頼区間1.43-2.66)であった。一方,腰痛による欠勤経験のある清掃職員による欠勤の内容(複数回答)は,「有給休暇の利用」が77.5%(836名/1,062名)と最も多く,「病気休暇の利用」は27.7%(294名/1,062名),「公務災害として」5.6%(60名/1,062名)であった。清掃職場における清掃職員の腰痛による欠勤経験は事務職員のそれより高く,欠勤の際には多くが有給休暇を利用して腰痛に対し自主的に休業を取得し,療養していることが明らかとなった。清掃事業における腰痛は依然として欠勤の大きな理由であり,清掃事業運営における労務管理上,腰痛対策を適切に講じることが重要と確認された。また,腰痛経験者の中に,療養の際に公務災害としてではなく有給休暇を利用したものが多かったことから,疾病の罹患状況に鑑みた腰痛の業務上認定の基準や公務災害認定・労働災害補償制度の運用制度の見直しなどの検討を行っていく余地があると考えられた。
(10)産業民主主義と企業横断的労働組合についての研究
企業横断的労働組合の試みは産別会議が衰退して以降,1960年代前半に全国一般などの取り組みの後,目立った進展は見られなかった。
1990年代後半以降の変化は労働市場の再編=規制緩和の動きと並行して,中小のみならず所謂大企業において,また非正規の未組織組織化の動きが進展し,社会的にも注目されたことである。こうした新しい変化に着目し,当事者たちの取り組みを行なった。非正規を主に組織する地域ユニオンはもとより,とくに大企業における企業横断的労働組合の結成に当たっても,労働組合の複数団結論が運動内部で大きな争点となっていた。そして複数団結の是非は直接には上述の労働市場の再編よりも運動主体側の意思形成過程にヨリ大きな要因を持っていたように思われる。しかし,運動主体が他ならぬ今日において複数団結に積極的に踏み出したことには客観的状況の変化が反映していると考えられ,客観的状況とそれへの主体の対応が今後の研究課題となる。
2.ワークライフバランス
2-1 組織・システム
(1)非保健職である人事部が実効的な過重労働対策を行うために必要な条件の解明
調査対象者である人事部員の所属する企業X社(上場企業,製造業)において,全社的かつ大幅な機構改革があったため,実践の着手が平成19年10月となった。労働時間管理を徹底した結果,X社の3部門(設計,製造,納入)の3部門(10事業所)で過重労働が明らかとなった。
また調査対象者は,経営役員,上級管理職(部長格)に対し,過重労働の弊害について産業安全保健の面だけでなく,企業のリスク管理,企業の社会的責任の観点から情報の共有化に努めた。その結果,経営トップが労働時間管理を重視した内容の過重労働対策の意向を表明した。
ただし,このトップの意向に対し,上級管理職の理解の程度には差があり,改善活動の進捗については,事業所,部門ごとに大きな差が生じている。平成20年4月現在,設計,製造の2部門において,労働時間短縮のための改善活動が該当部門の管理者の指揮のもとに改善活動が開始されたが,活動期間が短いため,その効果(短縮された労働時間)については,信頼に値するデータはまだない。
人事部員に必要な能力としては,現時点においては以下の3つの能力が必要であった。
- 極めて多忙な上級管理職・経営役員に対し,過重労働の現状について,時宜にかなった適切な報告を行う能力。
- 役員層,上級管理職の合意とは別に,課長レベルで実質的な改善活動を支援し,その結果について遅滞なく報告を受ける指導性。
- 労働時間数や社内ネットワークの情報だけでなく,労働現場において,管理監督者から業務管理実態および労働負担の概要についてヒアリングする能力
(2)運転者の休日明け初日の自動車事故の要因調査・防止方策等の検討について
疲労が回復していると考えられる休日明けに業務用自動車の重大事故件数が多いことが知られている。中部運輸局の調査に基づく勤務日数ごとの稼働台数で補正した場合でも休日明けに事故件数が多かった。本研究では,休日明けの事故を防止する対策の立案に向けて,休日明けの事故増加に関連する要因の探索・分析を実施した。まず,中部運輸局と九州運輸局に提出された事故報告書を分析資料として,連続勤務日数と事故件数の関係に関して,事故の種類やドライバーの経験年数などのグループで比較するクロス集計による分析を実施した。その結果,特定の種類の事故や経験の短い運転者において休日明けの事故の増加が顕著であるといった特異性はみられなかった。重大事故を経験した運転者に対する質問紙調査を実施した結果,平日の睡眠時間が短い運転者においては,休日明けの事故増加は明瞭ではなかった。この結果は,睡眠が短いと勤務の連続に伴う疲労の蓄積的影響が優勢になって休日明けの事故増加が見かけ上減弱するとも解釈できる。今回の分析では,休日明けの事故増加の主たる原因が何であるかは明らかにされなかった。休日の過ごし方や生活時間に関する調査などを継続して,さらに検討を進める必要がある。
(3)タクシーと二輪車の事故の分析とその事故防止対策に関する調査研究
タクシーと二輪車等(バイク,自転車,原付)が関わる事故の防止方策を検討するために,主にタクシー運転者を対象とする一連の調査を実施した。衝撃発生時の画像を自動的に記録するドライブレコーダに記録されたヒヤリハットの分析を実施した。また,質問紙調査によって二輪車等が関わるヒヤリハットの経験を約1,000名の運転者から収集した。二輪車等の事故対策の事例に関してタクシー事業者へのヒアリング調査を実施した。加えて交差点における定点観測を実施した。自転車等の挙動の多様性がタクシー運転者からの予測を困難にしている現状もうかがわれた。事業者の調査では,危険予知訓練やヒヤリハット,ドライブレコーダを利用する例,これらの手法をグループ討議に応用する例があった。調査結果に基づき,二輪車等が関わるヒヤリハットの発生状況を分析し,運行管理面,道路環境面,自動車技術面,運転者および二輪車利用者への教育面における有効な対策を検討した。
2-2 慢性疲労
慢性疲労の発現-進展-回復について,以下のように多角的な研究を推進した。
(1) 疲労が生じる背景には,フリーラジカルの影響がある。そこで,1週間の集中負荷睡眠短縮のストレスによるフリーラジカル生成増加を想定し,尿中のメラトニン,トリプタミン類縁物質の動態について調べた。実験中の夜間尿と昼間尿の解析より,クロマトグラムで高いピークのみられた5-ヒドロキシ-ジアセチルトリプタミン,5-スルファトキシ-ジアセチルトリプタミン,ジアセチルメラトニン,還元メラトニンを新たに発見した。トリプタミン類縁物質である5-ヒドロキシ-ジアセチルトリプタミン,5-スルファトキシ-ジアセチルトリプタミンは睡眠時の尿中排泄は少なく,覚醒時(午前>午後)に多くみられた。また,5-スルファトキシ-ジアセチルトリプタミンの尿中排泄量は実験中のレム睡眠中の心拍数と相関が高く,感情的不健康との関係があることが示唆された。
(2) また感情的不健康徴候と意識的な努力による業務遂行状態を捉えることを目的として,集中負荷睡眠短縮期間の前と後でfMRI(核磁気共鳴法)の測定を行った。具体的には情動機構と注意機構に関する課題を呈示した場合の脳機能変化を調べた。中性,快,不快の3種類の写真呈示を行う情動課題においては,集中負荷睡眠短縮の後に快,不快写真呈示時の内側前頭前野,扁頭体,尾状核頭などの主に大脳辺縁系の賦活低下が認められた。これらのことから,疲労が進展する過程では,情動機構への影響が認められた。
(3) 長時間過密労働を背景とした疲労回復機会の喪失が睡眠時の循環器動態に及ぼす影響を実験室実験により検証した。被験者は男性10名(平均年齢29.5±6.1歳)であった。睡眠は,順応・基準夜(8時間,23-7時)の後,10日の短縮夜(5時間,1-6時),4日間の回復夜(8時間,23-7時)を配した。覚醒時はワープロによる英文転写を課し,規定量が終了しないと謝金を支払わないと教示した。測定は,睡眠時脳波を記録した。心拍変動は,睡眠ポリグラフで脳波と同時に測定した。
その結果,睡眠構築において自律神経活動が亢進するレム睡眠の平均出現率が,基準夜,短縮夜を通して約20%のまま推移した。また,この水準は回復夜でも変わらなかった。レム睡眠時の1分毎の心拍数の平均値は,基準夜に比して短縮夜3日目までは増大する変化を示したが,その後は短縮夜5日目までに基準夜よりも減少し,そのまま10日目まで同水準で推移した。回復夜では短縮夜より心拍数が低く,経日的に減少した。心拍数の変化を個人毎にみると,年齢が高いほど実験を通して心拍数の水準が高く,全体の3例のみ短縮夜の連続に伴いレム睡眠時心拍数が増大していた。
短縮夜3日目以降のレム睡眠時心拍数の減少が適応であるのかは,3例だが経日的に心拍数が増大した例もあること,全体的に回復夜では短縮夜よりも低水準で推移したことから,覚醒時の課題遂行状況など,心拍数を変化させる要因の検証が必要であることが示された。また低水準ながら,回復夜でも4日目になって再度心拍数が増大する例が6例みられ,連続的な睡眠短縮の影響がすぐには解消しない可能性が示唆された。
(4) 平成18年度までに行った過労死,過労自死,過労障害事例の面接により,全20事例における発症前の特徴には,総合的に見て,1.休息機会での発症,2.感情的不健康状態の発現が認められた。しかし,被災者の家族および本人に対する面接調査では,科学性を満たす労働,生活状況の聴取が困難であった。そこで,労働・生活行動の客観的データを得ることができた過労障害(左被殻出血)事例(時短勤務中の40歳ホワイトカラーの被災者A)を検討した。労働条件を明らかにするため,ノートパソコンの電子メール送受信記録,ファイル作成更新記録などの客観的資料から,発症前6か月分にわたり解析した。生活条件についても,手帳,育児日誌,保育園登降園記録,携帯電話支払い記録などの客観的資料から解析を行った。その結果,時間外労働時間は発症3ヵ月前に増大し,特に休日での時間外労働時間の増大が顕著であった。また,平均睡眠時間は発症1ヶ月前では平日,休日ともに5時間未満であった。メール記録に残る感情表出は,発症前1ヶ月間にピークをむかえ,イライラ感,繁忙感,身体不調のあらわれが顕著であった。感情表出は休息機会である休日でもみられ,全体の3割をこえていた。したがって本過労障害事例における発症は,被災者Aの基礎疾病としての高血圧と育児負担,多重業務による疲労が,睡眠不足,長時間の時間外労働,感情表出,休日での休息の不十分さが重なることで過労に進展した結果であると考えられた。
以上の結果は,平成19年12月18日(火)に日本教育会館701号室において開催された,特定奨励研究成果シンポジウム「慢性疲労の発現・進展・回復プロセスの機序解明と予防に関する労働科学研究」で報告された。
3.リスクアセスメント
3-1 環境リスク
(1)分散染色法を用いた石綿の計数分析法における浸液や分散色に関する研究
建築物の解体作業現場や一般環境においても,石綿による健康障害のリスク管理のための石綿濃度測定は重要である。特に空気中の石綿の濃度については,顕微鏡を用いた形態観察による計数分析を要する。このような分析には位相差顕微鏡を用いる方法や,分散位相差顕微鏡を用いる方法(分散染色法)が我が国では多く用いられ,このうち石綿の種類を同定できる方法として近年,分散染色法の普及が進んでいる。この分散染色法では繊維状粒子の色(分散色)の観察によって石綿種の同定を行うが,観察標本に用いられる浸液の屈折率が温度で変化してしまうために,標本の温度変化がこの分散色を変えてしまう可能性がある。そこで浸液の標準の温度である25℃からの変化が石綿粒子の分散色へどの程度の影響を及ぼすか調べたところ,浸液の温度変化が25℃±1~2℃の範囲であれば石綿粒子の分散色に明確な変化は観察されず,JIS規格などと同様の色を観察できるようであった。また,顕微鏡観察中に浸液の温度を直接測定することは通常難しいため,分散染色法分析を精度良く行うには浸液の温度を監視する方法が必要である。そこで顕微鏡の試料台に標本を載せたまま放射温度計を用いて浸液の温度を確認する方法も開発した。今後さらに,建材中の石綿粒子を含めた多くの石綿試料についての検討,比較する。
(2)溶接用作業現場における粉じん濃度の測定と労働衛生管理への応用に関する研究
これまで作業環境測定が義務付けられていなかった溶接作業現場においても今後,その現場の現状を把握することや,そこで実施した対策の効果を知る必要が出てきたと考えられる。溶接作業現場において粉じん濃度の実態を把握するための方法としては現在,作業環境測定基準に従った測定法のほか,個人曝露濃度測定法,平成17年度に制定された屋外測定に関する作業環境管理のためのガイドライン等の測定法が存在する。溶接ヒュームの発生量は作業内容等によってばらつくことが予想されるが,溶接作業者の高濃度曝露の実態を反映する短時間測定が可能な方法が現時点で求められていると考える。そこで早稲田大学環境資源工学科名古屋研究室と共同で,吸入性粉じんの質量濃度を連続で測定可能な溶接用PDS-2を開発し,溶接ヒューム濃度測定への適用化試験を行った。さらにこの溶接用PDS-2を用いて溶接フュームへの曝露濃度のグラフ画像と,溶接作業者をビデオ撮影した画面とを同時に表示する連続観測システムを開発し,作業者教育や作業環境管理,作業管理への応用に関する有効性を検討した。一般に連続測定は従来の平均濃度の測定よりも同じ測定時間でより多くの情報を得ることができ,現場の状況変化に即応した有害物曝露状況の把握や,作業環境の改善,作業に起因する疾病の予防などに大いに資することができると考える。今後もこのような測定システムを応用することによって,溶接作業現場などにおける環境リスクの低減を目指す。
3-2 組織リスク
(1)発電プラントの保守不良対策検討調査
従来から続けられている発電プラント保修トラブル事例の分析を通じて,トラブル発生に関わる要因が何故に発生し事故につながったかを明らかにできないと,対策案の内容が一般論あるいは抽象論に流れがちで,実行可能性が低くなる傾向が見られた。トラブル防止対策実行可能性を高めるため,現場での日常活動の中にトラブルを誘発する要因を見出し,その日常活動の中に防止対策を位置づける必要がある。
本年度は保修工事計画作成過程に注目し,日常業務の遂行過程を記述・表現方法を検討するために,保修業務の経験者若干名について,保修業務の内容・手順,作業のキーポイント,現状の問題点等を中心に聞き取り調査を実施した。
その結果をもとに,認知的作業分析(CTA:Cognitive Task Analysis)手法により,「プロセスダイアグラム」および「概念地図(Concept Map)」の作成を試みた。前者は業務の流れを示し,後者は業務の遂行過程で必要とされる知識構造を示すものである。
聞き取り調査では,計画作成担当者の保修に関する基本概念習得の重要性,および補修作業実施者からの情報収集力育成強化の重要性が強調されている。また,保修業務全体に関わる問題点として,各種の分担(分業)過程における責任の明確化等のマネジメント課題も指摘されている。
今回の聞き取り調査では対象者の数も少なく,業務プロセスの記述も知識構造の記述も十分とは言えないが,今後,初心者・中堅・ベテランを含めて対象者を増やして情報収集を行えば,十分記述の範囲の拡大や精度の向上が可能であり,対策の有効性を高めるための基礎資料が得られることが確認された。
(2)職業性ストレス簡易調査票および労働者疲労蓄積度自己診断チェックリストの職種に応じた活用法に関する研究:バス運転者用疲労蓄積度自己診断チェックリストの開発
昨年度までのトラックおよびタクシーを対象とした調査に続き,バス運転者に対する質問紙調査を実施し,その結果に基づいて,運転者が自身の疲労蓄積状態を簡便な手続きで確認して健康管理に利用できるチェックリストの開発をおこなった。今回のバスに関する調査結果に基づき,バス運転者の負担の特徴を下位の業態ごとにまとめた。貸切バスの運行の多様性や不規則な勤務,路線バスにおける休息期間確保の重要性,定時運行と乗客対応,車内安全が関わる負担の問題が明らかされた。質問紙調査結果に基づいて,勤務の長さ,疲労感,睡眠時間の関係の定量的な分析も実施した。一連の分析結果に基づき,バス運転者用のチェックリストの項目案を選定した。今回のバス用のチェック方法とタクシーのチェックリストなどを利用して健康・安全対策に結びつけるための手順のマニュアル化をおこなった。バス運転者に関しては,さらにデータ収集と分析を継続して,健康管理に有効なチェック方法,効果的な介入の方法の検討を継続する。
4.教育・人材育成
(1)ヒューマンファクターに関わる教育プログラムの開発および実践
ある産業組織の作業員クラスを対象とするヒューマンファクター教育を実施した。本教育は,1.過去に発生したトラブル事例を受講者自らが詳細に分析し,その中からヒューマンファクターに関連する具体的な教訓を抽出することと,2.受講者自らが一般作業のシミュレーション課題に参加することによって,ヒューマンエラー発生の要因をいかに理解し,問題をどのように解決するかを実感することが特徴である。この教育の過程において,受講者自身がその教育を積極的に受け入れ,自らが考えて意志を表明することによって次第に事故防止のためのヒューマンファクターの重要性に対する認識が深まっていた。この教育の効果としては,受講者自身の知識や能力の向上がもたらされるという直接効果だけではなく,作業現場に戻ったときにそれを活かし,自らの職場の風土を改善するという波及効果が期待される。
(2)RCA事故分析スキルの向上に関する研究
事故再発防止のため,発生したトラブルや事故の原因を究明し,有効な対策を構築することが重要であると認識されているが,プラントにおける類似事故やトラブルが絶えず頻発していることが現状となっている。それに対し,発生した事故やトラブルの従来の原因究明には多々問題があったことが一つの重要な要因であると指摘されている。つまり,事故分析には,顕在的な要因ばかりが強調され,潜在的な要因が無視されてしまうことが多い。この問題を解決するためには,RCA(Root Cause Analysis: 根本原因分析)事故分析法が有効であると考えられる。RCAは発生した事故事例の問題や事故の主たる要因をその背景にまでわたって導き出す道具であり,なぜなぜと繰り返しながら根本原因を追及することから,「なぜなぜ分析」ともいわれる。その基本的概念は,「エラーを起こした個人を責めない」ということにあり,システム的あるいは組織的な問題(潜在的な要因)を追及・解決し,人間が複雑なシステムと関わることから生じるエラーを認識することを目的としている。本研究では,RCA法を用いて具体的な事故あるいはトラブルを分析し,根本原因の追及を行うことによって再発防止対策を検討することを目標とした研修を開発・実施した。
研修の方法と内容は以下の通り。まず,講義形式で,RCAの概念,目的や意義などについて解説し,根本原因を究明するためのRCA法を理解する。具体的な内容は1. RCAの概略,2. RCAの目的・意義,3. RCAの効用と効果,4. RCAの実施手順となっている。続いて,演習課題に取り組む。グループ単位で具体的な事故事例に対してRCA法を用いた分析を行う。これにより,要因分析方法を理解するだけではなく,組織内の意思疎通,情報共有の意識を高め,職種,部署横断的な議論をする風土を醸成することを狙いとする。その手順は,1. 討議グループの設置,2. 演習説明・RCA課題設定,3. RCAによる分析(出来事流れ図の作成,問題点の抽出,因果図の作成,因果連鎖の検証など),4. 対策の立案,5. グループ発表・全体論,6. RCAのまとめとした。
(3)中国におけるプラントシステムの安全確保に必要な技術的基盤構築に関する調査研究 中国のプラントを対象とした本調査研究は,文部科学省科学研究補助費(海外学術調査基盤研究B)によって行われている。本年度(第1年目)では,下記の通り調査研究を進めていた。
・社団法人 海外電力調査会 北京事務所を訪問し,情報・意見交換(北京)
・中国秦山原子力発電所を訪問し,安全文化・リスクマネジメント・人材育成などについて調査(杭州)
・中国大亜湾原子力発電所を訪問し,安全文化・リスクマネジメント・人材育成などについて調査(深セン)
・上海華誼グループ(化学会社)を訪問し,安全文化などについて調査(上海)
・上海市浦東新区舟橋職業安全健康事務所を訪問し,安全に関わる法律や法規,条例などおよび企業の現場指導,安全教育研修について調査(上海)
・上海応用技術学院を訪問し,引き続き協力・提携について検討(上海)
・上海交通大学を訪問し,安全文化のあり方について講演した。さらに,原子力発電分野においての安全確保に関わる共同研究について検討 (上海)
上記の調査によって,中国プラントシステムの安全を確保するための社会的基盤と技術的基盤の構成要素を分析し,社会・技術的基盤を構築する方向性について検討した。具体的には,以下の通りである。
1.中国原子力発電および化学工業において,①それぞれの業界発展の経緯・現状・未来;②業界の安全政策・法規;③それぞれの業界の安全に関連する研究体制に関する情報を収集し,両業界の全体像を分析した。
2.原子力発電所2社と化学工場2社を対象とし,①リスクマネジメントの実態,②安全文化の構築,③リスクコミュニケーションの現状,④人材育成法などについて現場調査を行った。
3.上述の現状調査によって得られた資料を「社会的要因」と「技術的要因」の視点から区分・整理して分析を行い,「社会的基盤」と「技術的基盤」の構成要素に集約した。さらに,中国経済の発展経緯・文化的視点から集約された「社会的基盤」と「技術的基盤」の構成要素を解析し,中国の現状に適した内容となるよう両基盤を構築する方向性について検討した。「社会的基盤」を構築する方向性としては,①安全文化醸成の推進;②人材育成体制の構築;③国民全体の安全知識・意識を醸成する方略の構築;④安全に係わる情報ネットワークの構築,などに実現が可能となる。さらに,「技術的基盤」を構築する方向性としては,①生産システムの事故防止手順の確立(a.リスク目標管理手順の確立;b.安全文化評価手法の開発;c.モニタリングシステムの開発);②リスクコミュニケーション手法の開発;③コンプライアンスと企業の社会的責任(CSR)の確立,などが可能となる。
(4)医療事故防止のための対策指向モニタリングシステムの有効性に関する国際共同研究
医療における作業設計および環境整備の不備による事故,作業関連健康障害が多発している現状から,その防止に緊要なリスク評価手法と残存リスク低減策を確立していくための学術研究基盤整備を日本・タイの国際協力を通じて促進することを目的に本研究を行なった。平成19年度はアジア地域内の医療従事者に典型的にみられる作業関連障害および健康障害の発生要因に注目し,日本とタイの医療現場での現地調査をもとに,発生要因と有効対策の解明に取り組んだ。具体的には,2007年5月にマヒドン大学労働安全衛生学教室の共同研究者と共に,医療従事者の安全衛生に関する文献調査,タイのサラブリ県の公立病院等においてヒアリング調査およびHospital Accreditation(病院認証)に関する二次資料等の収集調査を行った。また,医療従事者の安全保健アジア地域ワークショップを開催し,作業関連疾病サーベイランス体制整備(針刺し切創調査),チェックリスト開発のための良好事例収集およびその分類を行った。2007年10月には民間病院(福岡県)における参加型職場環境改善プログラムに日泰共同研究者が参加し,日泰共通の医療従事者の労働安全衛生上のリスク,健康障害やその予防策について,医療機関における労働の特性を踏まえた改善提案手法について整理した。タイにおいては生物学的要因による健康障害リスクを中心に効果的な予防策を模索しており,病院機能評価の一部として組織的な医療事故防止の視点から医療従事者の労働安全衛生管理が重視されていることが分かった。日本の病院調査の結果から,医療従事者のメンタルヘルス向上のために取り組まれた職場環境改善は,医療ミス防止,業務効率化,働きにくさ改善などの医療従事者の安全健康支援との同時改善で,これらの技術領域が対策指向モニタリングのためのツール開発に重要な技術領域であることが分かった。
(5)移住労働者の労働と健康に関する国内的課題,国際的課題に関する研究
経済のグローバル化は国境を越えた労働力の移動を容易にしている。海外から日本への移住労働者は増加し,日本人もまた海外で移住労働者として働く機会も増えている。移住労働者には様々な安全健康上のリスクが指摘されているが,これまで,行政,医療機関,NGOなど,多くの団体がこの課題に取り組み,成果をあげてきた。しかし,近年の日本国内の状況をみると,必ずしも全てがうまくいっているとは言い難い。雇用に関する法律の改正や就労形態の多様化と共に,産業保健サービスが行き届かない人たちが増えて,特に移住労働者の安全と健康については,その予防から治療まで多くの課題が指摘されている。労働者の国際間移動は,送り出し国と受け入れ国に成長と繁栄の恩恵をもたらしている一方で,不規則な労働力移動,扶養者等の市民権,人身売買,単純作業労働者の低賃金,搾取的な強制労働,途上国から先進国への高度技能労働者の流出(頭脳流出)等を加速させている。これらの国際的な移住労働者の課題は多様にあり,欧州や米国,アジア諸国は先進的にこれらに取り組んでいて,日本が学ぶべき点は多い。
国際協力センターは日本産業衛生学会労働衛生国際協力研究会等での研究活動に協力し,移住・出稼ぎ労働者の労働と健康支援のための緊急的な課題,長期的な課題について討議を行ってきた。特に,具体的な支援事例をもとに,共通した課題として 1. 就業状況に合わせた安全・健康リスクの実態調査把握のための協力(特に実習生・研修生制度も含めた雇用実態に見合って),2. 産業保健スタッフ業務から展開する場合の制約と克服策の究明,3. 企業内良好事例の交流,4. 国別外国人組織・支援NPOの強化と移住労働者の安全・健康に関する情報の共有化などが指摘された。予防的な健康管理問題点として,企業の安全配慮責任の明確化,一次二次予防や復職の支援体制,移住労働者・支援者マニュアル・指針の活用などがあげられた。長期的課題として 1. 受け入れシステム・法整備:移住労働者受け入れシステムの整備,研修生制度の廃止,補償・保障制度・健康保険の利用,2. 現場改善課題:作業手順の整備・安全教育の必須化,対策良好事例・良好雇用企業の紹介,3. ネットワーク化と情報共有:情報公開,支援組織・行政とのネットワーク強化,相手国との協調,ハローワークなど行政とのネットワークが重要と指摘された。















